週刊エコノミスト Online挑戦者2018

加藤直人 クラスター社長 引きこもりが生んだ仮想現実の新文化

加藤直人 クラスター社長(撮影=武市公孝)
加藤直人 クラスター社長(撮影=武市公孝)

「VR(バーチャルリアリティー=仮想現実)」空間で、音楽ライブなどさまざまなイベントを可能にする新しいプラットフォームを開発、運営する。連載一覧

(聞き手=大堀達也・編集部)

「クラスター」は、誰でも簡単にVR上でイベントを開くことができ、参加できるサービスです。

 例えば、今年人気に火が付いた「バーチャルユーチューバー」や「バーチャルタレント」と呼ばれる、ユーチューブをはじめとした動画サイトで活動する仮想現実のキャラクターたちに、音楽ライブなどの場を提供しています。8月に行われた、80万人超のファンがいる「輝夜月かぐや (るな)」さんのライブは、チケット数百枚が発売開始10分で完売しました。自宅でVR端末を着けてVR上の会場に入ったライブ参加者は、カラフルな装飾が施された会場の風景を360度の視界で見ることができるだけでなく、会場を自由に移動し、ほかの参加者と会話し、ペンライトなどを振ることもできるので、現実のライブさながらの没入感と熱狂感を味わえます。

 VRは会場の装飾や広さも自在に設定できます。現実空間で何千人も入る会場を借りると数百万から数千万円もかかりますが、VRならサーバー費だけで済むことも魅力です。

 今のビジネスモデルは、クラスター上でのイベント運営の受託料や、チケット販売などの手数料が収益源になっています。

人気のバーチャルタレント「ときのそら」さん(中央左)のイベントの様子。他のキャラクターはイベント参加者の「アバター(分身)」。VR端末を着けた参加者はアバターの視点で仮想空間を行動できる。(提供:cluster)
人気のバーチャルタレント「ときのそら」さん(中央左)のイベントの様子。他のキャラクターはイベント参加者の「アバター(分身)」。VR端末を着けた参加者はアバターの視点で仮想空間を行動できる。(提供:cluster)

ネットにできないことがVRで可能に

 2012年に大学院を中退後、3年ほど自宅に引きこもっていました。引きこもりといっても、スマホゲームなどを受託で開発し、ゲームエンジンの知識を生かし技術本なども執筆していました。ネット通販を使うと食品も届けてくれるので、あまり家から出ずに暮らしていました。玄関を出るのが面倒で、好きな声優さんのライブに行けなかったのは痛かったですが(笑)。

 ある時、ゲームエンジンについてスピーチしてほしいと言われ、京都から往復5時間かけて東京に行きました。ところが登壇時間はたったの10分。これならモニター越しの参加でもよかったはずです。引きこもり生活は、人間が最もエネルギーを使う「移動」を極力減らせるので、合理的な面もあります。

 転機は14年初め、米オキュラス社の開発者向けVR端末を体験したことです。ジェットコースターやゾンビ屋敷など、今考えると単純なデモでしたが、私は衝撃を受けました。情報やモノのやり取りをスムーズにしたインターネットが、唯一、できていなかったのが「体験」を届けること。それを可能にするのがVRだと直感しました。すぐに同じ“引きこもり仲間”だった田中宏樹君(共同創業者、現最高技術責任者)に「VRで自宅にいながら音楽ライブができるぞ!」と連絡しました。

「体験」を売買する市場へ

 VRの実用化はゲームが先行しましたが、実は「ハレの体験」にこそ大きな需要があると考えます。ハレとは「晴れの舞台」などの晴れのことで、非日常の特別な体験を指します。人々の消費行動が「モノ」から「コト」に移っていることからも、音楽ライブのようなハレ体験への欲求は潜在的に大きいと思います。最終的にはクラスターを「体験」を売買するマーケットプレイス(市場)に育てたいです。


企業概要

事業内容:バーチャルイベントプラットフォーム開発/運営

本社所在地:東京都品川区

設立:2015年7月

資本金:6億3000万円

従業員数:約20人(18年10月31日現在)


 ■人物略歴

かとう・なおと

 1988年大阪府生まれ。2007年京都大学理学部に進学し、宇宙論と量子コンピューターを研究。12年同大学院中退後、スマートフォン、ウェブ関連の受託開発や技術本の執筆などを経て、15年7月にクラスター創業。17年5月にVRプラットフォーム「クラスター」の正式版をリリース。

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