ロシアへの“最強の制裁カード”となり得る「SWIFT締め出し」の威力とは
(本誌初出=EUが独自の国際送金網を検討 SWIFTの攻防=浅野貴昭 新冷戦とドル・原油・金 ※2018年11月19日に掲載された記事を再掲しています)
「米国が介在しない、欧州独自の国際決済システムが必要だ」──。
ドイツのハイコ・マース外相は今年8月、経済誌への寄稿論文のなかでそう主張した。具体的には、欧州通貨基金(EMF)と国際銀行間通信協会(SWIFT(スイフト))の代替機能の整備を訴えるもので、欧州の自立には不可欠な措置だと力説した。
外交・テロ対策に利用
SWIFTは銀行間の“国際送金”や“決済”を支える「メッセージ通信サービス」を提供する団体だ。本拠地はベルギーの首都ブリュッセルに置かれ、主要国の金融機関関係者が役員として名を連ねる国際的な協同組合である。世界の約1万1000の金融機関が、SWIFTが提供する通信フォーマットを用いて、オンラインで送金メッセージを伝送し、国際金融業務を行っている。
SWIFT自身が送金や決済を担うわけではないが、SWIFTを介して膨大な量の金融取引情報が世界をめぐっている。この送金情報がなければ、銀行間の国際送金は成り立たない。SWIFTを介した決済額は、国際決済銀行(BIS)資料によれば2003年時点で1日当たり6兆ユーロ(約770兆円)という巨大さだ。しかも当時と比べて、現在はトラフィック(送金メッセージの数)が4倍に増えているため、決済額も大きく増えていると見られる。
SWIFTの機能の一端を担っているのが、各銀行の送金メッセージのやり取りを中継する「コルレス銀行」と呼ばれる金融機関である(図)。SWIFTの通信フォーマットを用いた送金は、コルレス銀行の口座(コルレス口座)を通じて行われる。コルレス銀行は、各国の大手銀行がその役割を担うことが多い。米国ではシティバンクやJPモルガン・チェース、欧州ではドイツ銀行や英HSBC、日本では三菱UFJ銀行が主なコルレス銀行である。
このように銀行を通して行う国際間の送金や決済は、基本的にSWIFTのネットワークを利用することになる。逆に言えば、SWIFTのネットワークから外されてしまった金融機関は、国際送金ができなくなり、そこにあった資金を動かすことが難しくなる。
米国はこのSWIFTを外交やテロ対策に利用してきた過去がある。
SWIFTは、一義的にはベルギー、そしてベルギーが加盟する欧州連合(EU)当局の管轄下にあり、米国の要請を必ずしも受ける義務はない。しかし、米国の要請を断れば、SWIFT自身が米国の制裁対象になる可能性があった。
例えば、米国政府は「テロ資金追跡プログラム(TFTP)」の下、EU当局とも協力して、SWIFTの金融取引情報を活用したテロ対策で成果を上げている。米国は自らの経済外交にSWIFTを活用し、SWIFTはイラン制裁やテロ対策に関わることで、結果として米国が主導する国際秩序の維持に貢献した形だが、実際には、米国の要請を受けざるを得なかった格好だ。
イランから核合意引き出す
今回、マース独外相が「米国抜き」の決済システム設立を提唱するに至った動機は、トランプ政権が今年8月に復活させた対イラン制裁(第1弾)である。
EUはトランプ政権によるイラン核合意離脱に反対している。しかし、イランとの経済関係を維持すれば、米国の経済制裁によって欧州企業の対米ビジネスまでもが制約されかねず、欧州企業は対イラン制裁に同調せざるを得ない。
そこで、EUが独立した経済外交を展開するためには、独自の国際金融インフラが不可欠になる、というわけだ。すでにロシアや中国も、それぞれSWIFT的機能を担うシステムの開発に着手している。
SWIFTの通信ネットワークが、経済外交の強力な手段になり得ると広く認識されたきっかけも、イラン制裁だった。12年3月、SWIFTは、EU当局からの指示に基づき、イラン金融機関との取引を停止すると発表した。当時のEUはイランの核開発に反対する立場から、イランから核合意を引き出すため、SWIFTを動かして制裁に踏み切った。
SWIFTの通信網から排除されたイランの経済活動は、大いに制約され、後のイラン核合意へとつながる。すなわち、イランに対してウラン濃縮能力を縮小することで、少なくとも今後10年間は核兵器の潜在開発スピードを現在の数カ月程度から1年以上に減速するよう求める「P5プラス1」(国連安全保障理事会の常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国)の核協議に、イランは応じざるを得なくなった。
「SWIFT通信網からの遮断は経済制裁において、核兵器使用に匹敵する威力がある」──。かつて、オバマ政権の国務省関係者から直接、筆者が聞いた話は、あながち間違ってはいないようだ。
「制裁乱用でドル離れ」
米国のイラン制裁の復活でSWIFTは、再び難しい立場に追い込まれた。トランプ政権はイラン排除をSWIFTに求めた。これに対し、EUは対イラン経済関係の維持を模索するが、それではSWIFT自身が米国の制裁対象になりかねない。最終的にSWIFTは11月5日、一部のイラン金融機関を通信ネットワークから遮断することを決断した。
EUは「特別目的事業体(SPV)」を設け、イランと合法的にビジネスを継続する手段を検討中だが、詳細はまだ不明だ。欧米間の亀裂は今後もEUによる新たな挑戦につながるだろう。ドル覇権の一角を崩す試みが、中国やロシアだけでなく、ドル基軸通貨体制を共に築いてきた欧州でも始まったことは、何とも皮肉な展開である。
ルー元米財務長官は、かねてより、こうした事態に陥ることに警鐘を鳴らしてきた一人である。ルー氏いわく、「米国が経済制裁を乱用すれば、世界のドル離れを招来する」のである。
(浅野貴昭・住友商事グローバルリサーチシニアアナリスト)