アリペイが掘り当てた保険の潜在需要 1カ月で2000万人超が加入=神宮健
中国で最近、爆発的に売れた金融商品がある。電子商取引(EC)最大手「アリババ」傘下で、スマホ決済サービス「支付宝(アリペイ)」を運営する「螞蟻金服(アントフィナンシャル)」が10月16日、同じ傘下のネット生保と提携して発売した相互保険「相互保」だ。無料で加入でき、負担はアリペイを通じて全加入者で分担することで少額に抑えられるという。加入者数は約1週間で1000万人を突破。約1カ月後の11月19日に2000万人を超えた。これは、伝統的な保険会社では数年がかりの加入者数である。
加入時は負担ゼロ
アリペイでの支払い履歴などから個人の信用を350~950点で評価する「芝麻(ジーマ)信用」の点数が650点以上で、18歳から59歳未満のアリペイ会員が一定の健康条件を満たせば、無料で加入できる。保障対象は、悪性腫瘍を含む計100種類の重大疾病だ。
保障金額は、40歳未満ならば30万元(約500万円)、40歳以上ならば10万元(約165万円)。最大の特徴は、加入者が病気になって支払いが生じる分を、加入者全体で等しく分担する仕組みだ。分担費用は、保険金と管理費(保険金の10%)の総額を、加入者数で割って算出する。
加入者が330万人を下回ると相互保険は終了する。加入者が330万人なら、30万元の支払いが発生した場合、加入者1人当たりの負担は0.1元(約1.6円)となる。1年間の負担は、およそ100~200元(約1600~3300円)と予想されている。
加入者急増の背景には、アリペイのアプリから直接購入できるという利便性もある。アントフィナンシャルによると、加入者の62.5%は、商業保険の購入は初めてだった。
次いで、同じくEC大手「京東」の「京東金融」も11月13日に「京東互保」を発売。70歳までの加入者に、疾病により30万元までの保障を提供する相互保険であったが、翌14日に販売停止となった。伝統的な保険会社の利益を害するとのクレームを受けたためで、監督当局と交渉中と報道されている。
そして、11月27日には「相互保」も販売停止となり、名称を「相互宝」に変えると発表された。監督当局が現場検査をし、規定違反や情報開示の不十分さなどが指摘されたためだ。「相互宝」は保険商品でなく「インターネット互助プラン」の扱いとなり、アントフィナンシャルの単独運営になった。
加入者への保障は基本的に変わらない。ただ、2019年の分担金の上限を188元(約3100円)とし、管理費は10%から8%に引き下げ、加入者が330万人を下回っても1年は保障を続けるなどの変更がなされた。加入者に不便をかけるとして、19年1月末までの費用分担は同社が負担する。
一連の動きから、当局が困惑している印象を受ける。「相互保」は当初から当局の許可を得ていた。予想外の加入者急増を受け、当局も金融リスク防止や既存の保険会社からの圧力などから、慎重になったと思われる。
足元で、この新商品は勢いをそがれるかもしれないが、これまで保険に入ったことがなかった人々が加入しており、巨大な潜在需要を顕在化させたことは確かである。これは、中国政府が打ち出している金融包摂(これまで金融サービスから排除されてきた人々も利用でき、恩恵を受けられるようにする)の方針にも合致している。
ビッグデータを利用したインターネット企業による保険に似た新商品は、伝統的な保険会社にとって脅威になる。一方で、監督当局による新たな規制の制定も急がれる。
(神宮健・野村総合研究所〈北京〉金融イノベーション研究部部長)