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映画「暁に祈れ」即物的な暴力が寓話を破壊する 素早いキャメラが定石を粉砕する=芝山幹郎

(C) 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS
(C) 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS

 刑務所映画という定番がある。「穴」(1960)や「暴力脱獄」(67)、「アルカトラズからの脱出」(79)や「ショーシャンクの空に」(94)など、数は非常に多い。

 だが、「暁に祈れ」ほど刑務所の暴虐を強調した映画が、かつてあっただろうか。描かれるのはタイの刑務所で、収容されているのは感情や肉体の暴走を制御できない獰猛な男たちだ。野獣のような、などと形容すると、野獣に対して失礼になる。

 映画の主人公ビリー・ムーア(ジョー・コール)は、そんな刑務所に収容される。アクセントから英国人と知れる彼は、タイでムエタイの選手をしているが、一方では麻薬の常用者だ。それどころか、密売人も兼ねている。試合前に覚醒剤を吸入する姿などを見ると、循環器は大丈夫なのだろうかと案じてしまう。

 そんな彼が、狭苦しい居室に踏み込まれて逮捕され、刑務所に送り込まれる。手続きは極度に省略され、キャメラはほとんど前置きなしに雑居房のただなかに割り込む。

 通常の市民ならば、ここでまず身の毛がよだつ。全身に刺青を入れた凶悪な男たちが、よくぞここまでと思うほど集められ、新たな受刑者の到来を待ちかまえるのだ。言語や柔らかい情感による交信など、この空間にはまったく存在しない。半裸の囚人たちは前触れなしに殴りかかり、新入りの受刑者を寄って集(たか)ってレイプする。ビリーは危うく難を逃れるものの、心身を蹂躙された別の若者は、早々と首を吊ってしまう。

 この描写は象徴的だ。なによりも根幹に潜む獣性が、常軌を逸している。看守が完全に腐敗し、雑居房以外の独房がなければ、心身はすぐに折れる。逃れる道は自殺しかない。

 監督のジャン=ステファーヌ・ソヴェールは、無際限の暴力が剥き出しにされるそんな生き地獄を、不気味なほど即物的に凝視しつづける。奇妙な反応かもしれないが、テレンス・マリックの作品にコカインを大量に投与し、ささやくような台詞の代わりに獣のうめきと絶叫を叩き込めばこの映画ができあがるのではないか、とさえ私は思った。

 と書けばわかるとおり、「暁に祈れ」は、刑務所映画のお約束を反故にするばかりか、格闘技映画の定石も粉砕している。冒頭部分だけを見れば、挫折した負け犬が修練を積んで復活するという筋書きを夢想したくなるが、そんな寓話もここでは影が薄い。むしろ、素早い手持ちキャメラが男たちの形相や筋肉をクロースアップでとらえ、その積み重ねから怪異譚のような話が炙り出される過程に注目したい。「実話」という註釈を見て、私は愕然とした。

(芝山幹郎、翻訳家・評論家)

監督 ジャン=ステファーヌ・ソヴェール

出演 ジョー・コール、ソムラック・カムシン、ポンチャノック・マーブグラン、ヴィタヤ・パンスリンガム、パンヤ・イムアンパイ

2017年 フランス、イギリス、カンボジア

原題 A Prayer Before Dawn

ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開中

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