ギグ・エコノミーに遅れる税改革 サービス発想で申告漏れを防げ=森信茂樹
ギグ・エコノミーとは、インターネット上のプラットフォームを通じて、不定期の契約で自らのスキルを提供する人々で成り立つ経済の総称である。欧米では行政でも広く使われている言葉で、日本でも最近使われ始めた。 欧米ではギグ・エコノミーの下で拡大するタックス・ギャップ(税の無申告や申告漏れ)への対応、さらに社会保障につなげていくための対策が行われている。背景には、新たな経済社会に既存の税制や社会保障がついていけないことがある。日本も早急に総合的な対応を行っていく必要がある。
副業も拡大
本稿では、税に焦点を当てて考えてみたい。税制上の課題は、ギグ・エコノミーで働く人たちにとどまらない。「働き方改革」のなかでサラリーマンの副業・兼業が増えてくると、従来の年末調整だけでは終わらず、自ら税務申告をする必要があるため、申告漏れなどが生じる。申告漏れの拡大を放置することの悪影響は、税収減だけではない。税の公平性が損なわれ、税をきちんと支払っている人たちの納税意欲の低下も招く。
働き方をめぐる新たな状況に対応するには、納税者・税務当局双方がメリットを感じるような取り組みが必要となる。具体的には、以下の三つが考えられる。
1番目は、プラットフォーマーからの情報入手である。ギグ・エコノミーを作りだした最大要因は、インターネットを通じて労働力やスキルをマッチングさせるプラットフォームの発達である。一例として、不特定多数に業務を委託するクラウドソーシングの契約(図1)を見ると、プラットフォーマーが資金の流れの結節点になっていることがわかる。
そこで、適正な税務申告のためには彼らから支払い情報を入手する仕組みの構築が必要となる。つまり、税務当局が適宜プラットフォーマーから情報を入手できる法律の根拠を作ることが必要で、2019年度税制改正ではこのような対応が図られた。税務当局は申告漏れを把握する材料を得ることができるので、納税者には正確な申告に向けてのプレッシャーとなる。
一方で、納税申告を促進するにはプレッシャーと同時に、納税者にとって申告のハードルを下げるという観点からの取り組みが必要となる。
自動で申告書作成
そこで2番目に挙げるのが、プラットフォーマーが提供する支払い情報を、納税者の申告に活用する制度の構築である。具体的には、プラットフォーマーから納税者本人に情報を提供し、それを「e-Tax(国税電子申告・納税システム)」で申告につなげる仕組みが有効だ。
参考になるのは、多くの欧州諸国が納税者サービスの一環として導入している「記入済み申告制度」である。この制度では、税務当局が雇用主や金融機関などから提出された給与支払額、源泉徴収額や保険料支払額などをあらかじめ納税者ごとに申告書に記入して電子的に送付する。納税者は内容を確認し、必要に応じ修正して税務当局に送付すれば申告が終了する。
最も進んでいるスウェーデンでは、税務当局から送付された申告書に、給与、利子、配当などと並んで、支払税額(国税・地方税)も記入され、納税者の税の過不足額(追加納税額や還付額)まで計算・記入されている。税務当局にとっても、申告間違いや記入漏れなど納税者の単純ミスがあらかじめ防止でき、申告書を受け取った後の事務が効率化されるというメリットがある。
日本で国税当局が納税者ごとに情報を振り分けるシステムを構築するには、相当な準備とコストがかかるので、まずは国民全員に提供されているマイナンバーとe-Taxを組み合わせて同様のサービスを行うことが考えられる。マイナンバーの総合サイトであるマイナポータルで、申告者が自身の給与の支払額や源泉徴収額、医療支払い情報、生・損保の保険料控除、住宅ローン残高証明書、さらにはプラットフォーマーからの支払い情報を電子的に受け取り、これをe-Taxに連動させて申告する仕組みの構築である(図2)。クレジットカードなどと連動する電子決済機能を用いれば、納税まで可能になる。
本来の記入済み申告制度で国税当局が納税者に直接、申告情報を提供する形とは異なるが、日本の実情に合った対応だ。
特定口座から源泉徴収
最後に、納税者の申告インセンティブの拡大である。諸外国を参考にすると二つの方向が考えられる。
一つは副業収入や小規模の事業所得については、納税者が国税当局に登録した銀行口座を開設し、口座に振り込まれた収入の一定割合を銀行が源泉徴収して税務当局に収め、本人は申告不要とする簡素な方法だ。エストニアが実施している。金融取引で得た所得から証券会社が源泉徴収する特定口座制度に類似したものだ。
もう一つはギグ・エコノミーを念頭に置いた所得控除を作ることである。日本では、サラリーマンが経費の概算が給与所得控除となる一方、自営業者が経費の控除を受けるには実額を自ら計算しなければならない。これまでの税制改正では、サラリーマンの給与所得控除を縮減し、その分を自営業者、サラリーマン双方に適用される基礎控除に振り替えてきたが、これだけでは十分ではない。サラリーマンと雇用的自営業者の垣根が低くなるなか、自営業者にも給与所得控除並みの経費の概算控除を導入する必要がある。
英国は、シェアリング・アロウワンスという年間1000ポンド(約14万円)の特別控除を創設した。これは、少額の納税者の申告の手間を軽減するだけでなく、税務当局のリソースを他のより有効な分野に振り向けることも狙った措置である。日本でも検討すべき課題と考える。
欧州諸国の対応を見ると、所得情報は社会保障官庁とすべて共有され、年金・医療といった社会保険や各種社会保障給付の基となる所得情報として活用されている。
日本でも、ギグ・エコノミーで働く人たちは中低所得で、既存のセーフティーネットからはみ出すケースも多い。セーフティーネットの再構築には正確な所得情報が不可欠で、「働き方改革」を実効あるものにするためにも対応を急ぐ必要がある。
(森信茂樹・東京財団政策研究所研究主幹)