キャッシュレス決済 頂上決戦はペイペイvs.ラインペイ=鈴木淳也
スマートフォンを使った新しい決済サービスの波が日本に到来しつつある。なかでも現在話題となっているのが、QRコード(二次元コード)やバーコードを店頭での支払いに利用する「QRコード決済」と呼ばれるものだ。
中国では支付宝(アリペイ)や微信支付(ウィーチャットペイ)の名称で知られるQRコード決済が広く利用されており、実にリアル店舗での決済比率が5割を超えているというデータもある。日本では、2016年に最初のサービスとして開始されたオリガミペイに続き、LINE(ライン)ペイ、楽天ペイなどが次々と参入しているが、使える店舗もそれほど多くなく、あまり認知されていなかった。
この状況を一変させたのが、ソフトバンクとヤフーの合弁会社が18年後半に始めた「ペイペイ」だ。中国アリババの金融サービス子会社と提携しアリペイに対応するなど、登場前から話題を振りまいていた。
18年12月には原則として購入金額の20%、抽選で全額(10万円を上限)が還元される「100億円あげちゃうキャンペーン」を実施した。わずか10日間でキャンペーン予算100億円に到達して終了となるものの、その模様はインターネットのSNS(交流サイト)上で拡散されたほか、ニュースでも騒動がたびたび報じられ、100億円以上の宣伝効果をもたらす結果となった。
中国最大手と提携
ペイペイの予想以上の猛攻に危機感を覚えたのか、ライバルのLINEペイも「Payトク」の名称で12月に20%の還元キャンペーンを実施している。こちらは最大5000円という制限こそあるものの、20%という数字は明確にペイペイを意識したもので、対抗意識を隠さない。また、LINEペイは中国テンセントとの提携で同社のウィーチャットペイによる支払いにも対応しており、国内大手2社がそれぞれ中国最大手2社と提携することで対抗構図ができあがりつつある。
18年時点で日本国内では小規模事業者も含めて10前後のQRコード決済サービスが存在し、19年前半には予告済みのものも合わせて20弱のサービスが出そろう見込みだ。19年末から20年にかけて20前半、あるいは30近いサービスが市場に登場する可能性がある。電子マネーやクレジットカードが専用設備を必要とするのに比べて市場参入は比較的容易で、今後スーパーなどの流通系や地方銀行などの金融系事業者が増えてくると予想される。
だが、加盟店開拓のための膨大な人員を割くことができ、宣伝含めて大がかりなキャンペーンを打つことが可能な大規模事業者の資本は強力で、1~2年内には淘汰(とうた)が始まり、全国展開可能な事業者は数社に絞られると筆者は予想する。
なかでも頭一つ抜けているとみられるのがペイペイとLINEペイの二つだ。特にペイペイは、ソフトバンクグループから人員再配置の形で集められた1000人近い営業スタッフが全国で加盟店開拓を行っているほか、100億円キャンペーンを経てもなお同規模の施策を何度か打ち出せるほどの予算的な余力を残しており、ライバルを寄せ付けない。
LINEペイはサービス提供期間が長かったこともあり、全国100万店舗と同業では最も加盟店数が多く、提携銀行の数や公共料金、税金支払いへの対応など、サービス充実度で他社を引き離す。
キャンペーンで幸先のいいスタートを切ったペイペイだが、セキュリティー対策の甘さからペイペイを使ったクレジットカードの不正利用が相次いで報告され、被害者への謝罪のほか、当面の対策としてクレジットカードを使ったペイペイ決済に大幅な金額制限をかけざるを得なくなった。本人認証サービスである3Dセキュアへの対応を1月中に完了させると説明するが、面倒な手順追加により利用のハードルが上がったこと、さらに報道を通じて「QRコード決済は危ないのではないか」という認識が共有されたことで、利用に歯止めがかかるのは避けられない。
対現金の「仲間」
このところ何かとニュースで取り上げられる「キャッシュレス」「QRコード決済」ではあるが、こと普及に関していえば道は非常に長い。
経済産業省などがよく「キャッシュレス決済比率」という数字を引用するが、これは国の民間最終消費支出に対し、クレジットカードや電子マネーなど電子的な決済手段を用いた支払いの比率を示している。キャッシュレス先進国といわれる北欧や英国、オーストラリアは6割近くと比較的高く、最近ではこのグループに中国が加わった。クレジットカード利用が比較的進んでいる米国で4割程度、日本に至っては2割程度とされる。
また、矢野経済研究所の予測によれば、日本におけるスマートフォンなどを使った「モバイル決済」の市場規模は17年度で1兆円程度。これが20年度には倍の2兆円規模になるという。日本では年間の民間最終消費支出額が300兆円前後で推移しており、その2割にあたるキャッシュレス決済市場規模は60兆円程度ということになる。モバイル決済市場はキャッシュレス市場の2%未満で、QRコード決済はそのごく一部だ。つまり、ペイペイとLINEペイの頂上決戦も、現状では大海の孤島での争いに過ぎない(図)。
ペイペイ社長の中山一郎氏は「LINEペイをライバルとは考えていない。むしろキャッシュレス市場を開拓する仲間かもしれない」という。限られたパイを競い合うよりも、加盟店を開拓して利用できる場所を増やし、認知向上で利用者の目を現金から振り向かせることこそが重要だというのだ。これは中山氏だけでなく、QRコード決済で市場参入した他の事業者も共通して述べていることだ。それだけ日本ではまだまだ現金が強いことを示している。
あらゆる支払い手段に対応する全国チェーンのコンビニにおいても、現金利用率は6~7割の水準に達している。普段からキャッシュレス決済に慣れている人間にしてみれば「煩わしい小銭を持ち歩くこともなく、支払いもスムーズ」と便利この上ないのだが、そうしたメリットを感じず、逆に「面倒」と感じる層が少なくないというわけだ。
QRコード決済を含むモバイル決済も、現金よりいかに便利で安全かを理解してもらうことで、初めて市場拡大につながる。クレジットカードの登録など最初の煩わしさを乗り越えれば支払いはスマートフォンだけで済むようになり、使った金額を簡単に参照できる。現金は盗まれたら終わりだが、スマートフォンを盗まれたり紛失したりしても、すぐに悪用されることは起こりにくい。
モバイル決済市場は今後、二つの段階を経て拡大が見込まれる。
最初の波は、10月1日から来年9月の東京五輪終了までの1年弱の期間にわたって実施される消費増税対策としての政府の施策だ。利用者が中小店舗でキャッシュレス決済を行った場合に5%還元が行われる。利用者が積極的に中小店舗を利用するようになり、それに備えて店舗側もクレジットカードやQRコード決済が利用可能な環境の整備が進むというもくろみだ。これを機会に現金のみという店舗はある程度減少することが見込まれる。同時に、還元の恩恵を受けるべく利用者もキャッシュレス決済に興味を持つようになるため、この需要を狙った各社のキャンペーンも激化することになる。
オンライン通販と送金が要
そして日本のキャッシュレス化における最後のフロンティアといわれているのが、オンライン決済と個人間送金だ。オンライン通販の決済にはクレジットカードやペイパルなどの決済代行業者を利用することになるが、この利用比率が日本では低いことが知られている。スマートフォンで商品やサービスを選び、支払いはモバイル決済を通じてすぐ行うことができれば非常に便利だ。
キャッシュレス比率が高い国はどの国もオンライン通販が盛んであり、特に中国ではリアル店舗閉鎖が相次ぐほど発展している。アリババが18年11月に実施した大セール「独身の日」ではモバイル決済比率が9割を超えた。もともとアリペイはオンライン通販での決済から発展し、現在ではスマートフォン一つあればリアルからオンラインまであらゆるお金のやり取りが完結するほどだ。
そしてモバイル決済とキャッシュレスで欠かせないのが個人間送金だ。割り勘やちょっとしたお金の貸し借りなど、対人で現金のやり取りをする場面は多い。これをスマートフォン上で簡単に処理できるようにすることで、現金が必要になる最後の場面を埋めることができる。LINEペイでは送金依頼をチャットで送信できるほか、友人であれば遠隔地の相手であっても簡単に送金できるため、現金書留での送金や銀行口座への振り込みを行う必要はない。
こうした現金では難しい便利なサービスを提供することで、店舗決済以外での活用場面が増え、自然と利用者はそれらの決済サービスへと滞留するようになる。中国でアリペイやウィーチャットペイがここまで急速に普及した理由に、日々の生活がほぼモバイル決済で済むようになり、あえて現金を利用する必要がなくなったことが挙げられる。決済サービスを提供する事業者としても、現金として個々の口座から出金されるより、事業者の経済圏でお金が循環してくれた方がありがたい話だ。
これを日本の状況に当てはめると、さまざまな付加サービスでユーザーを取り込みつつあるのがLINEペイである。100億円キャンペーンという圧倒的な資金力で燃料を投下し続けるペイペイとは若干異なるアプローチだ。将来的に日本がどのような比率でキャッシュレス経済を確立していくか未知数な部分はあるが、モバイル決済圏の拡大と両者の競合関係は、店舗決済にとどまらない付加サービスの部分に依存すると筆者は考えている。
(鈴木淳也・モバイル決済ジャーナリスト)