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教養・歴史 アートな時間

映画 喜望峰の風に乗せて 無謀な挑戦が悲劇的最期を招く 世界一周ヨットレースを映画化=勝田友巳

(c)STUDIOCANAL S.A.S 2017
(c)STUDIOCANAL S.A.S 2017

 1968年、英国の新聞社が、ヨットによる無寄港単独世界一周航海レースを開催した。成功すれば前人未到の快挙、巨額の賞金もかけられた。英国人実業家クローハーストは趣味でヨットを操るだけの素人だったが、経営危機の会社と家族を救うため、このレースに名乗りを上げる。実話の映画化である。

 大海原に一人挑む男、といえばカッコよく、苦難を乗り越えて優勝でもしたなら感動の物語。だが、クローハーストはヒーローとはほど遠い。ゴールどころかとんでもないウソをつき、悲劇的な最期を迎えることになる。事のてん末を見れば、無謀な挑戦の揚げ句に自滅した、哀れな道化の一代記になりかねない。

 しかしクローハーストを演じたのはコリン・ファース、映画「英国王のスピーチ」でジョージ6世を演じてオスカーを受賞した当代一の上手だ。実在の人物をのみ込んで、同情と共感を禁じ得ない男を造形した。海洋冒険ドラマのカタルシスを期待したら失望するが、人生のままならなさと悲哀はしみじみと味わえる。

 クローハーストの挑戦は、始まる前から問題だらけ。自作ヨット建造は思うように進まず、出航予定は遅れに遅れる。一方で、広報に雇ったジャーナリスト、ホールワース(デヴィッド・シューリス)のおかげで「素人ヨットマンの挑戦」は大いに盛り上がり、メディアの注目の的。

 しかし出発期限を迎えてもヨットは未完成。棄権すれば世間に顔向けできないし、事業も家族の住む家も失ってしまうと、クローハーストはいやいや船出する。案の定、ヨットは漏水、機器の故障、悪天候と災厄に見舞われ、たちまち後れを取る。むちゃなレースは棄権して家族の元に帰りたいのに、今さら引き返せない。思いあまったクローハーストは航海記録をねつ造し、飛ぶような速さで進んでいるとニセの報告を始める。

 どうしてそんなバカなことを、ウソは必ずばれるのに。傍(かたわ)らから見ればそう思う。しかしファースはヨットの中での独り芝居で、誠実で情熱的な良き父親だったクローハーストの、焦りが絶望に変わる様子を繊細に示す。過ちを犯す瞬間も、ほかに方法がなかったと思わせてしまう。自らを窮地に追いこむ愚かさを、笑えないのだ。孤独と周囲の期待に追い詰められ、家族と世間を欺く罪悪感にさいなまれるクローハーストの心境が、切なくも痛々しく胸を突く。

 ファースの顔に刻まれたシワや無精ヒゲから、ロマンと自尊心と羞恥、家族への愛と責任感と、あらゆる情感が漂ってくる。ロマンチックな邦題に惑わされではいけない。

(勝田友巳・毎日新聞学芸部)

監督 ジェームズ・マーシュ

出演 コリン・ファース、レイチェル・ワイズ、デヴィッド・シューリス

原題 The Mercy

2018年 英国

TOHOシネマズシャンテほかで公開中

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