映画 岬の兄妹=寺脇研
さびれた港町で懸命に生きる二人 日本の過酷な格差社会を映し出す
いよいよ、政府の統計さえ怪しいものになってきた。アベノミクスで賃金が上がり景気が回復したとか言われても、根拠となる数字が信用できないのでは到底素直には受け取れない。実際、貧困の問題はわれわれの身近にいくらでもある。
この映画も、その問題を追っていく。荒涼とした雰囲気のさびれた港町が舞台だ。二人きりの兄妹は、寒々した古い家で身を寄せ合うようにして暮らしている。自閉症の妹はさいさい失踪し、そのたびに兄は不自由な足を引きずりながら町中を探し回る。この導入部だけでも、貧しく懸命に生きる者たちの心細さが伝わってくる。そもそも、「岬の兄妹」というタイトル自体が荒涼として寂しい印象ではないか。
失踪した際に、行きずりの男に親切ごかしされるまま身体を弄(もてあそ)ばれたらしい妹を、兄は自分の留守中に外出できないよう足を鎖でつなぎ、玄関に外から南京錠を施す。せつない。そうやってまで働いていた兄が、不自由な足ゆえに真っ先に人員整理の対象となり職を失うと、たちまち貧乏の極みに陥ってしまう。
なんとか内職を見つけるもののわずかな稼ぎしか得られず、家賃が払えないばかりか電気も止められ、記憶の中にいる亡き母に「ごはんはまだ?」と訴える飢えた妹はティッシュを口に入れる。誰も救いの手を差し伸べてはくれない。兄妹の唯一の友人である警察官にしても、家庭を持つ自分の生活で手一杯だ。これが貧困の現実なのである。現在の日本の格差社会ぶり、一旦転げ落ちたら二度とはい上がれない怖さが画面からにじみ出る。
こんな暗い映画、メジャーの映画会社が作るわけがない。自らの資金で低予算自主製作映画として敢然と挑んだのは、これが初長編作品になる38歳の片山慎三監督である。監督だけでなく脚本、製作、プロデューサー、編集と5役を兼ねて、2年以上粘りに粘って完成させたのだという。ここには、人間がギリギリのところで生きていくさまを描き取ろうという意志が、しっかりと貫かれている。
そして、いよいよ追い詰められた兄妹は、兄が手引きして妹を男たちに売るという禁断の商売に手を染めてしまうのだ。そんな凄惨(せいさん)とも思える行為を、映画はたんたんと描いていくことによって、かえって痛切に印象づける。有名スターではないけれど、兄妹を演じる松浦祐也と和田光沙(わだみさ)がみごとな演技を見せた。
こういう作品が注目され全国公開されるとは、わが国の映画界もまだ捨てたものではない。突きつけられたテーマを重く受け止めよう。
(寺脇研・京都造形芸術大学客員教授)
監督 片山慎三
出演 松浦祐也 和田光沙
2019年 日本
イオンシネマ板橋、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか公開中