映画 サンセット 行方不明の兄を追う女性の目線で開戦前夜の国際都市の闇を描く=勝田友巳
2016年に日本で公開された「サウルの息子」は衝撃だった。第二次世界大戦下アウシュビッツのユダヤ人収容所に引きずり込まれ連れ回されて、圧迫感や恐怖に息が詰まるようだった。ハンガリーのネメシュ・ラースロー監督のデビュー作だったと知って、また驚き。15年のカンヌ国際映画祭グランプリ、16年のアカデミー賞の外国語映画賞を受賞した。その新鋭の新作が「サンセット」。今度は1913年、第一次世界大戦直前のブダペストへと観客を連れていく。
高級帽子店で帽子を薦められていた女性が、ここで働きたいと言う。彼女は店の先代の娘イリスで、幼い頃に両親を亡くし海外で暮らしていたが、求人広告を見て帰郷したのだ。華やかな店先からその奥へと入っていくイリスと共に、観客も不穏な空気漂うブダペストの迷宮のような裏通りに迷い込む。
「サウルの息子」でネメシュ監督は、収容所内を動き回る主人公にぴったりとくっついて、彼が見るもの聞くことだけを観客に見せ、聞かせた。「サンセット」でも、カメラはイリスから離れない。
イリスが行く先々で出会う人々は正体不明で、誰もが何かを隠し謎めいた言葉を残して去っていく。やがてイリスには兄がいて、彼が殺人を犯し行方不明になっていること、帽子店の店主が女性従業員を秘かに王室に送り込んでいることなどが、ぼんやりと分かってくる。イリスは兄の行方や帽子店の秘密をたどって深入りし、しばしば危険に遭遇する。
ミステリー仕立ての物語だが、説明を排し、断片的な情報だけが少しずつ示される。しばしば場面は暗く表情も判然としない一方で、イリスの周囲には意味の分からないざわめきや騒音が大きく聞こえている。観客はイリスのいら立ちと焦燥を共有し、想像力を総動員しなければならない。
ネメシュ監督は、迷走するイリスを通して、大戦前夜の国際都市と現代を重ねようとする。何もかも不確かで、きな臭い。帽子は見かけの美しさの象徴だ。豪華で整っていても、中に何が隠れているか分からない。映画の混沌(こんとん)と暗い熱は、確かに今の世界に通じている。
手法を限定した分、筋書きや展開に強引さも散見される。じらされたままの約2時間20分は、少々長い。それでも大胆な野心作であることは疑いない。若手監督の果敢な挑戦に感嘆させられる。そして、冒険的な企画を採用して、大がかりなブダペストのセットまで組んだ、欧州映画界の度量にもまた、驚かされるのである。
(勝田友巳・毎日新聞学芸部)
監督 ネメシュ・ラースロー
出演 ユリ・ヤカブ、ヴラド・イヴァノフ、モーニカ・バルシャイ
2018年 ハンガリー、フランス
3月15日(金)~ ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開