映画 希望の灯り=勝田友巳
周縁に生きる人々の孤独と希望 ほろ苦いが、心温まる人間ドラマ
東西ドイツ統一から30年。東側が灰色の社会主義から解放された、というイメージは的外れではないだろうが、資本主義のメッキもすっかりはがれ落ちた。体制は人の幸せなんか保証しないのだ。
旧東ドイツ出身のトーマス・ステューバー監督の「希望の灯り」は、現代ドイツの片隅で暮らす人々に目を向けて、その孤独と寂しさを浮き彫りにする。同時に、身を寄せ合った彼らのぬくもりと希望も指し示す。フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の味わいや小津安二郎監督の長屋ものを思わせる、苦くてシニカル、だけど心が少し温まる人間ドラマである。
舞台は旧東独郊外に建つ巨大なスーパーマーケット。巻頭、「美しく青きドナウ」の調べが流れてくる。カメラは商品がぎっしり詰まった棚が並ぶ、灯りの消えた倉庫を映してゆく。と、フォークリフトが通路に現れ、音楽に乗って走り出す。殺風景な空間に血と情が通い始めたようで、映画のテーマを象徴する鮮やかな滑り出し。
スーパーの新入り、クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)が在庫係に配属された。無口で内気、いささかワケあり風情のクリスティアンは、ベテラン店員で教育係のブルーノ(ペーター・クルト)とささやかな友情を育み、菓子担当の人妻マリオン(ザンドラ・ヒュラー)とほのかな恋に落ちる。
3人は互いに寄り添う一方で、共有できない悩みを抱えている。クリスティアンは悪い仲間と手を切ろうとし、人けのない部屋と職場を往復する。旧東独で運送会社の運転手だったブルーノは、活気のあったころを懐かしむ。マリオンも、夫婦関係に問題を抱えているらしい。統一の恩恵も受けず、競争社会の周縁に取り残された人々の、孤独と寂しさがある。
スーパーはどこも寒色系の色合い、冷たく無機質で、従業員は商品に仕える下僕(しもべ)のよう。しかし彼らも裏に回れば、ささやかでも労働に誇りと喜びを見つけ、小うるさい規則をからかうように羽を伸ばす。ほのかなユーモアが漂い、短いショットと反復が物語にリズムを作る。クラシックやヒップホップの音楽が映像と伴走し、映画を弾ませる。若きステューバー監督の、センスの良さが光る。
欲望に振り回される資本主義社会には、人間味を置き去りにした寒々しい光景が広がっている。この映画でも、悲劇を避けられない。しかし一方で、人々は優しさを忘れず、たくましく生きている。ステューバー監督は、統一ドイツの現実を冷めた目で見つめながらも、人間性に確かな信頼を寄せて、希望の火をともすのである。
(勝田友巳・毎日新聞学芸部)
監督 トーマス・ステューバー
出演 フランツ・ロゴフスキ、ザンドラ・ヒュラー、ペーター・クルト
2018年 ドイツ
Bunkamuraル・シネマほかで公開中