映画 僕たちのラストステージ 細筆で丁寧に描き出されたローレル&ハーディの晩年=芝山幹郎
1937年のカルヴァーシティから始まる映画だ。当時、スタン・ローレル(スティーヴ・クーガン)とオリヴァー・ハーディ(ジョン・C・ライリー)のコンビは絶好調だった。製作者ハル・ローチ(ダニー・ヒューストン)のもとでは「宝の山」の撮影が進んでいる。
古典映画にうとい方でも、ローレル&ハーディの名は聞いたことがあると思う。チャーリー・チャップリン(1889年生まれ)、バスター・キートン(95年生まれ)、ハロルド・ロイド(93年生まれ)といった喜劇王たちとほぼ同世代に属するコメディアン。キートンやロイドが下降期に入ったこの時期、出発のやや遅かったローレル&ハーディは人気のピークを迎えていた。
だが、問題は多い。とくにギャラの問題。スタンがローチに賃上げを強く求めると、間に入ったオリー(オリヴァーの通称)は動揺を隠せなくなる。
この問題がこじれて、コンビは一時的に解消される。オリーは単独でフォックス社と契約して別の役者と組むが、しっくり来ない。スタンはスタンで、裏切られた思いを拭えない。
それから16年──。
60代を迎えたふたりはふたたびコンビを組み、人気再燃を狙って、英国で巡業をつづけている。ただ、劇場は小さく、宿は粗末だ。大きな荷物を引きずり、少ない観客に芸を見せ、それでもふたりは、新作映画に主演する希望を捨てられない。
ハリウッドの喜劇映画にくわしい人なら、話の行方は容易に察しがつくだろう。実際、「僕たちのラストステージ」に一貫して流れる通奏低音は、ゆるやかな下り坂を連想させる。
時代は移る。客の嗜好は変化し、加齢と病気はふたりの芸人にも容赦なく襲いかかる。脚本のジェフ・ポープと監督のジョン・S・ベアードは、芸能史の急所や曲がり角をぬかりなく押えつつ、ふたりの間を行き交う親密な情感と、なかなか抜けてくれない不信の棘(とげ)を、丁寧な細筆で描き出していく。
それに応えて、主演のふたりも健闘する。なにしろ、見た目に違和感がない。クーガンは痩せぎすの体型や顔がスタンを彷彿させるし、ライリーはラバースーツと特殊メイクで、心臓病を抱えるオリーを体現する。
もうひとつ特筆すべきは、彼らの妻を演じるふたりの女優が、物語後半の画面を活性化していくことだ。オリーの妻ルシールと、スタンの妻イーダ。対照的な夫の気質を反射する、これまた対照的なふたりの存在。この反射が、物語を立体化し、情感の陰翳を深める。黄金期のコメディが好きな方はもちろん、背景に馴染みのない人の心にも沁み渡る佳篇だ。
(芝山幹郎、翻訳家・評論家)
監督 ジョン・S・ベアード
出演 スティーヴ・クーガン、ジョン・C・ライリー、ダニー・ヒューストン
2018年 英国・カナダ・米国
4月19日(金)~新宿ピカデリーほか全国順次公開