映画 初恋 ~お父さん、チビがいなくなりました~=寺脇研
二人の名優が織りなす会話の妙 老後の生き方を考えさせる秀作
わざとレトロな作りにしてある映画だ。昔の日本映画のように手書きで一枚一枚出てくるラストのクレジットタイトルがそうなら、そこで流れる曲は、なんと戦後まもない時期に人気を誇った笠置シヅ子の「あなたとならば」だ。これは1949年の上原謙主演「結婚三銃士」(野村浩将(のむらひろまさ)監督)の主題歌なのだから、70年も前の歌声である。
しかし、作りが古いということはしっかりした構造を保証する。昨今はやりの奇抜なカメラワークやけたたましい思わせぶりな展開ではなく、正攻法でじっくりドラマを見せてくれるので、われわれ大人の観客にはなんとも居心地が良い。
そして何より、演じる役者たちが、実に安定している。俳優歴58年の倍賞千恵子と57年の藤竜也が主人公の老夫婦を演じ、惜しくも昨年亡くなった星由里子がそれに絡む。その他の登場人物も、市川実日子(いちかわみかこ)、小市慢太郎(こいちまんたろう)、西田尚美、小林且弥(こばやしかつや)らの中堅実力派ぞろいで、演技は危なげない。
特に倍賞と藤の会話のやりとりは、絶妙の一語に尽きる。猫のチビをはさみ、映画演技の味わいを心ゆくまで堪能させてくれるのだ。
また、老夫婦の「初恋」時代を回想する部分では、昭和40年代の渋谷駅の通勤ラッシュと、駅のミルクスタンドでパンと牛乳を飲み込むサラリーマンたちの姿が、細部をゆるがせにしない着実な仕事で、丁寧に再現されている。渋谷駅を利用する学生だった私自身の当時の記憶が、懐かしくよみがえってくるほどだ。
しかし、これは決して過去を振り返る映画ではない。現在、そして未来について深く考えさせられる物語なのである。主人公夫婦のように、仕事を一段落させ子育てを終えて二人きりの生活になる年齢になった時、それが65歳だとして、男性は約20年、女性は約25年の平均余命を有している。
その長い時間を、われわれは個人として夫婦としてどう過ごしていくのか。これは、まさに切実な今日的課題だ。より若い世代の方々にとっても、いつか必ず訪れる未来課題になる。この課題を前に、ふと不安になり離婚を考える妻、鈍感な亭主関白に見える夫。長年連れ添った両者は、そこでどんな答えを出すのか。
性急に結論を出さず、言葉で多くを語らず、あうんの呼吸で相手に意思を伝えようとする二人の様子をうかがう私たち観客は、自分たちなりに老後の生き方を自然と考え始めるに違いない。
(寺脇研・京都造形芸術大学客員教授)
監督 小林聖太郎
出演 倍賞千恵子、藤竜也、市川実日子、星由里子、佐藤流司、小林且弥
2019年 日本
5月10日(金)~新宿ピカデリーほか全国順次公開