教養・歴史アートな時間

美術 ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち=石川健次

    <エウロペの誘拐>1868年 油彩/カンヴァス ギュスターヴ・モロー美術館蔵
    <エウロペの誘拐>1868年 油彩/カンヴァス ギュスターヴ・モロー美術館蔵

    神話や聖書の主題を象徴的に

    多様な「男女の相克のドラマ」

     ちょっと滑稽(こっけい)にも見えた、と言ってはお叱りを受けるだろうか。図版の作品だ。だって顔はイケメンなのに体は牡(お)牛(うし)、というのが残念な気がしたから……。でもその背に身を寄せる美女と交わす視線は運命的な、とてもロマンティックなドラマの始まりを予感させる。

     19世紀後半のフランス、理想や空想を拒否したクールベの写実主義やうつろう現実の光景を描きとめたモネら印象派が登場する中、ひとりアトリエにこもり、神話や聖書などを主題に独創的なイメージや人間の内面を象徴的に描いたギュスターヴ・モロー(1826~98)に迫る。

     再び図版の作品。古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』からの一場面だ。花摘みをしていたフェニキアの王女エウロペに恋をしたギリシア神話の最高神ゼウスは、牡牛に姿を変えて近づき、気を許したエウロペを背に乗せてクレタ島へ連れ去った。出会いの場面を、モローは「神聖かつ官能的に伝えるため、牡牛の頭部をゼウス本来の姿で表現」(図録から)した。物語に基づく掠奪(りゃくだつ)でなく、「神と人間の『聖婚』という象徴的なイメージ」(同)を新たに創造したのである。

     ゼウスとエウロペの間で交差する視線のドラマも、だからこそ生まれただろう。エウロペの名は「広い、大きな顔や眼をした女性(転じて広く見ること)」(同)という意味を持つとされ、ヨーロッパの語源とも言われる。さて二人は案の定結ばれ、3人の息子が生まれたという。

     モローと同時代の小説家ユイスマンスが「パリの真ん中に閉じこもった神秘家」と呼んだこの巨匠は、男を誘惑し破滅に導く“ファム・ファタル(宿命の女)”をしばしばミステリアスに描いた。ギリシア神話に登場するスパルタ王の妃ヘレネは、絶世の美貌が災いしてトロイア戦争を引き起こした。モローのキャンバスを彩った多くの“ファム・ファタル”が並ぶのも本展の魅力だ。

     宴での舞の褒美に洗礼者ヨハネの首をねだったユダヤの王女サロメを主題に描いた《出現》も秀逸。古代ギリシアの英雄ヘラクレスとリュディア(現在のトルコ)の王女オンファレが主題の《ヘラクレスとオンファレ》は、私のお勧めだ。ライオンを素手で倒すほどのヘラクレスが、美しい王女にいい子、いい子と頭をなでられているようにも、頭を押さえつけられて無理やり服従させられているようにも見える。

     サロメもオンファレも、官能的で妖艶で強い。エウロペをはじめ、必ずしも男を誘惑し破滅に導く女というわけでなく、さまざまな「男女の相克のドラマ」(図録)が満載の本展だ。

    (石川健次・東京工芸大学教授)

    会期 開催中、6月23日(日)まで

    会場 パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1-5-1パナソニック東京汐留ビル4階)

    開館時間 午前10時~午後6時 5月10日と6月7日は午後8時まで(入館は閉館の30分前まで)

    休館日 水曜日(6月5日、12日、19日は開館)

    問い合わせ 03-5777-8600(ハローダイヤル)

    巡回先 7月13日~9月23日、あべのハルカス美術館(大阪)/10月1日~11月24日、福岡市美術館(福岡)

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