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教養・歴史 アートな時間

映画 長いお別れ=勝田友巳

長いお別れ
長いお別れ

悲哀はあっても悲惨ではない

認知症患者を抱えた家族の日常

 ふた昔前なら一大事だった認知症も、長寿化と医療の発達で珍しい病ではなくなった。内閣府の統計によると、2012年時点で65歳以上の認知症患者は約462万人。深刻なことに変わりないが、映画の中でも普通の光景になりつつあるようだ。

 中島京子の小説を原作とした「長いお別れ」も、この病をめぐる物語。しかし中野量太監督は、非日常としての認知症ではなく、認知症を抱えた家族の日常に目を向ける。

 映画は2007年から始まる。東家の母親曜子(松原智恵子)が、父親昇平(山崎努)の誕生日を口実に、米国で家族と暮らす長女の麻里(竹内結子)、一人暮らしの次女芙美(蒼井優)を呼び寄せる。お祝いの席上、娘2人は初めて昇平の認知症を知る。中学校の校長だった昇平を尊敬していた娘たちは、その変わりように驚きうろたえる。

 しかしだからといって、生活が激変するわけでもない。しっかり者の曜子はいそいそと昇平の世話を焼き、娘たちは目の前の生活と悩み事で手いっぱい。麻里は米国の生活になじめず、何でも他人事のような夫に物足りなさを感じている。芙美の料理で身を立てる夢はなかなか実現しないし、恋愛も失敗続き。

 物語は2年ごとの4章立てで、東家の7年を追う。昇平は理性も知性もなくし、徘徊(はいかい)して迷子になり、友人の通夜でその死を理解できない。東家の女たちは昇平に振り回され、集まっては頭を抱えるのだが、中野監督は事態がいよいよ深刻になるところでフッと力を抜く。

 曜子は若き日に帰った昇平からもう一度愛を告白される。何もかもうまくいかない芙美が、「ダメになっちゃった」とつぶやくと、昇平は「くりまるな」と一言。“くりまる”? 芙美と一緒に観客も首をひねる。昇平とのチグハグなやり取りは、脱力系のほのぼのした笑いとなり、湿った空気をカラリとさせる。

 中野監督の狙いを、ベテラン俳優2人が体現した。山崎努は、脳内で時空を超えて旅しているような昇平を、まなざしや気配を繊細に変えながら制御する。一方、松原智恵子は、山崎を時に受け流し時に正面で受け、気丈でとぼけた味わいを出す。そして2人の間に情が通う瞬間が、ふと訪れる。

 中野監督は前作「湯を沸かすほどの熱い愛」で、死を前にして家族を再生させる母親を描いた。「長いお別れ」でも失うものよりも得られるものに目を向ける。悲哀はあっても悲惨ではない。介護の現場を美化しすぎかもしれないが、根底には人間性への信頼がある。気恥ずかしいほどの愚直さが、映画をじんわりと温めるのである。

(勝田友巳・毎日新聞学芸部)

監督 中野量太

出演 蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山崎努

2019年 日本

5月31日(金)~TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開

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