譲歩かリスク回避か報復か 貿易戦争で取る三つの対応=岸田英明
米中貿易摩擦の「停戦」ムードは、5月5日にトランプ米大統領がツイッター上で「(第3弾の対中制裁追加)関税を10%から25%に引き上げる」とつぶやいたことで吹き飛んだ。その後、米国は第4弾制裁関税対象リストの素案を発表し、摩擦はこれまでになく大きくなった。
この間に中国の指導部が米国を非難した言葉は、米中摩擦の根深さを如実に示していた。通商交渉の中国代表である劉鶴副首相は5月9、10日のワシントンでの協議が不首尾に終わった後、「中国は尊厳のある合意を求めている」と語った。習近平国家主席が同15日、北京でのアジア文明対話大会開幕スピーチで語った「文明に優劣はない。他の文明を改造しようするのは愚かだ」という言葉に、対米批判のトーンを読み取らなかった聴衆はいなかったはずだ。これらの情緒に訴えかける言葉にトランプ政権は特段の反応を示さず、米中摩擦は文字通り「文明の衝突」の様相を呈している。
今後、6月末に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議や、米国の対ファーウェイ禁輸措置の実施猶予期間が終了する8月中旬などの節目で、両国が何らかのディール(取引)を交わす可能性はある。しかし、米国が通商法301条に基づく追加関税などの対中制裁措置を発表した2018年3月から数えると、1年以上続いてきた貿易戦争が中国人の意識に及ぼした影響は、今後も長期的に中国の内外政策や中国企業の動きを規定することになりそうだ。
「一帯一路」が影響緩和
貿易戦争に対する中国の対応は大きく三つに分けられる。一つ目は譲歩、国際協調で、米国などの要求に応じて、市場開放や外資企業の知的財産権保護などの取り組みを強化させてきた。
二つ目はリスクヘッジだ。景気振興策や大豆農家に対する生産支援(対米大豆輸入減少への対応)、中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」の下での米国以外の国々との関係強化、中国のハイテク企業による部品の内製化や調達先の米国から他国への切り替えなどを通じて、中国経済への悪影響を緩和したり、将来のリスクに備えたりしてきた。北京のある大学の中国人研究者は「習近平国家主席が13年に一帯一路を提唱していなければ、中国は今もっと苦しい立場に置かれていただろう」と語っている。
三つ目は報復だ。これまでは米国の制裁関税に対する報復関税という形で対抗してきた。中国ではそのほか、米国債の売却や対米レアアース禁輸といった案が議論されているが、報復が強力なほど中国自身が負うリスクも大きく、実際に採れるオプションは限られている。
一方、譲歩とヘッジの動きは、今後の米中間のディールの有無に関わらずに続けられる。さらなる市場開放や外資の権利保護強化は、中国が国際社会から支持を取り付け、米国の「不当性」をアピールするには不可欠だ。そして中国の政府・企業は今回の貿易戦争を教訓に、米国の対中圧力の強化、最大化をより強く意識して備えるようになる。日本企業は今後の対中ビジネスで、中国が摩擦に対応する動きの中に事業機会を捉える柔軟な姿勢が求められる。
(岸田英明・三井物産北京事務所シニアアナリスト)