映画 ゴールデン・リバー=芝山幹郎
フランスの曲者が撮った西部劇
人の絡みも銃撃戦も陰翳豊かに
フランス人の監督が、自身初めて撮った西部劇だ。台詞は英語。監督は「真夜中のピアニスト」(2005年)などのサスペンスでお馴染みの曲者ジャック・オーディアールだ。ロケ地は主にスペイン。原題は「シスターズ・ブラザーズ」。
冗談に聞こえるだろうか。マカロニ・ウェスタンの変種と早合点したくなるだろうか。古典的な西部劇にはなりそうもないが、ではどんな映画かと問われると、即答するのがむずかしい。
その前に、話の設定をご紹介しよう。主な舞台は1851年のオレゴン。ゴールドラッシュのただなかで、この土地はまだ准州の扱いだった。イーライ(ジョン・C・ライリー)とチャーリー(ホアキン・フェニックス)のシスターズ兄弟は、腕利きの殺し屋だ。ふたりは、提督(ルトガー・ハウアー)と呼ばれる謎のボスに雇われている。
粗野で乱暴なふたりだが、単細胞の殺人機械ではない。イーライは、地道な堅気の暮らしを夢想している。サイコ的な側面の強いチャーリーも、ときおり不思議な繊細さを覗かせる。
そんな彼らが、ウォーム(リズ・アーメッド)という男の殺害を命じられる。ただし、殺す前に、彼が発明した「黄金を見分ける薬品」の化学式を訊き出せという条件が付いている。ウォームの居場所を探り出すのは、偵察要員モリス(ジェイク・ギレンホール)の任務だ。
駒はそろった。敵味方の別がおぼろな役柄もそうだが、癖の強い俳優が4人も集まっている。つまらなくなるわけがない。
正直に告白すると、私は一瞬、早とちりしそうになった。オーディアールは西部劇の器を借り、ジャン=ピエール・メルヴィルが得意とした犯罪映画の変種を作り出そうとしたのか、と。
急いで付け加えると、この予測は不十分だった。彼はもっと西部劇に深入りしていた。ジョン・ヒューストンの「黄金」(1948年)やロバート・アルトマンの「ギャンブラー」(71年)など、一風変わった古典のテイストを積極的に取り入れ、曲者4人の複雑な絡みを、陰翳豊かに描き出そうとしていたのだ。
そのために欠かせない要素はいくつかあったにちがいない。荒野の地形を生かした集団銃撃戦。肉体の痛みに直結する残酷描写。銃弾は頭を貫き、傷を負った主人公の腕は鋸(のこぎり)で切り落とされる。さらにもうひとつ、オーディアールは、戦時の描写のみならず、平時の描写も丁寧に行う。兄が弟の髪を切ってやる場面も印象的だったが、おかしいのは、ふたりがサンフランシスコのホテルに泊まる場面だ。水洗便所を初めて眼にしたときの兄の反応は、ぜひとも見逃さないでいただきたい。
(芝山幹郎 翻訳家、評論家)
監督 ジャック・オーディアール
出演 ジョン・C・ライリー、ホアキン・フェニックス、ジェイク・ギレンホール
2018年 フランス、スペイン、ルーマニア、ベルギー、アメリカ
7月5日(金)~ TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー