映画 M/村西とおる 狂熱の日々 完全版 「AV界の帝王」怒涛の日々描く 異色のドキュメンタリー=寺脇研
40代以上の男性読者の皆さんであれば、村西とおる、という名前に覚えがあるはずだ。1980年代半ばから90年代にかけて、アダルトビデオ(AV)の監督として大活躍し、マスコミにも再々取り上げられた。また、今年Netflixで全世界配信され話題を呼んだドラマ『全裸監督』の、山田孝之が演じた主人公のモデルでもある。
なにしろ、破天荒な人物なのだ。その男の生き方をドキュメンタリー映画にしたのが、この作品である。文字通り、その生きてきた「狂熱の日々」が描かれていく異色の映画だと言っていい。
冒頭、いきなり登場するのは、大ヒットAV『SMぽいの好き』(86年)でデビューした女優・黒木香。「AV界の帝王」と異名をとった村西は、愛人でもあったとされる彼女の存在とともに、あのバブル期の日本に登場して一世を風靡(ふうび)する。「わいせつ図画販売目的所持」や「児童福祉法違反」などで逮捕されたりもしながら、自らの会社は年商100億円を稼ぐ栄華を誇った。米国ロケ中に逮捕、半年勾留され、懲役370年を求刑されながら1億円の保釈金を払って帰国したという武勇伝もある。
自作自演で黒木と共演するこの男の製作現場映像にかぶせて、彼の人物像を表象する言葉が字幕で大きく示されていく。【創造者、破壊者、成り上がり、ジャパニーズドリーム、カリスマ、ファンタジスタ、野生児、レジェンド、ヒットメーカー、確信犯、トリックスター、時代の寵児(ちょうじ)】……そして「転落」。バブル崩壊とともに没落し、50億円の借金を抱える。
それでもめげずに起死回生を図るプロジェクトは、世界初の4時間余りの超長編DVDシネマと35本のヘアヌードDVDを同時に作ろうというとんでもないものだ。そのため96年に北海道ロケをした際のメーキング映像が、映画の中盤を占める。なにしろ村西は天才気質だから、その製作現場はトラブル続きだった。果たして作品は完成するのか? この有りようも、丸ごと「村西とおる」なのである。
結局、このプロジェクトでの復権はかなわず、その後心臓病で死線をさまよったりするものの、現在は「前科7犯、50億の借金を完済した男」を自称して表舞台に再登場している。『全裸監督』の原作者・本橋信宏との対談で自分史を語る場面には、極貧の幼少期から身を起こした波瀾(はらん)万丈の70年の重みがある。
片岡鶴太郎、玉袋筋太郎から西原理恵子、高須克弥、さらには学者の宮台真司、松原隆一郎と、村西を知る多彩なメンバーが途中で登場し、画面で語るコメントも楽しい。
(寺脇研・京都造形芸術大学客員教授)
監督 片嶋一貴
出演 村西とおる、本橋信宏、玉袋筋太郎
2019年 日本
11月30日(土)よりテアトル新宿、丸の内TOEIほか全国順次公開