『美味しい進化 食べ物と人類はどう進化してきたか』 評者・池内了
著者 ジョナサン・シルバータウン(エディンバラ大学教授) 訳者 熊井ひろ美 インターシフト 2400円
料理は秘儀の開拓史 進化と食の関係説いた快著
本書の原書名が「ダーウィンとディナーをご一緒に」とあるように、食べ物に関わる調理百般が歴史とともにどのように進化してきたかを追跡したものである。当然、植物や動物を料理に利用するうちに人類の遺伝子も影響を受けて変化してきた。料理と人間の共進化を描いて読み応えがあり、美味(おい)しく頂けた。
ヒト属は数百万年続いた狩猟採集の時代を脱して約1万年前に農業社会へ移行し、現代のような文明社会を開始することになった。人類はずうっと食べることに執着して食を豊かにしようと努めてきたのだから、料理は人類が一貫して探索し続けてきた秘儀の開拓史とも言える。主食の穀物を発見して体力を維持し、野生の動物や植物に手を加えて美味(うま)い料理に変身させてきた。それと共に、旨(うま)みや風味を感じる味覚や嗅覚の遺伝子が鋭敏になり、チーズや酒など手が込んだ人工的嗜好(しこう)品を工夫して自ら耽溺(たんでき)するようにもなった。
人類は肉食も草食もする雑食動物なのだが、やはり現在では4000種以上の植物に手を加えて食物としていることは驚異と言える。動けない植物は、動物や菌類に対抗するため有毒な化学物質による防御手段を進化させてきたからだ。これに対し、人類は料理と栽培化という二つのテクノロジーを駆使して、野生のままだと例外なく毒となる植物を食べられるように改良してきたのである。
例えば、有毒なレクチンを含んで昆虫や真菌の攻撃を退けているインゲンマメは、茹(ゆ)でると豆が柔らかくなると同時に、レクチンは破壊されて無害となる。また、インゲンの栽培化によって白・黒・緑など多様な品種を生み出し、有害なレクチンを含まない種類も作出されるようになった。野生のジャガイモには毒があるが、栽培化によって毒性が弱められ、凍結乾燥のような工夫によって安全かつ美味しい食品となって世界を制覇した。アフリカの主要な食べ物であるキャッサバは、焼いたり茹でたりしても抜けないシアン配糖体が含まれていて危険なのだが、皮をむいた塊茎をすり下ろして水分に曝(さら)し、その後鉄板の上で焼いてシアン化合物を蒸発させると安全な食べ物となる。人類はこのように数多くの試行錯誤を繰り返して植物の無害化の方法を発見し、4000種も食卓に載せてきたのだ。食べ物に対する人類の執念が窺(うかが)われるではないか。
著者は、進化と料理は根本的に似ていると主張する。いずれもその素材が持つ潜在能力を見抜いて巧みに利用しているということだ。これはビジネスにも通じるのかもしれない。
(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)
Jonathan Silvertown エディンバラ大学進化生物学研究所所属。生態学と進化に関する著作多数。邦訳のある著書としては『なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる』などがある。