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小説 高橋是清 第82話 ヤコブ・シフ=板谷敏彦

    (前号まで)

     英国投資家は日露戦争の趨勢(すうせい)を日本不利と予想する。日本政府は公債発行を決断するが、銀行団との交渉は難航する。その時、鴨緑江において日本軍勝利との報が入る。

     ここで舞台を日露戦争開戦直前のニューヨークに戻そう。是清たちがまだ日本を発つ前のことだ。

     米国の2大金融グループのひとつ、クーン・ローブ商会。商会といっても現代の銀行と証券会社に総合商社の機能の一部までつけたような投資銀行である。当時は、米国の基幹産業である全米の鉄道網をモルガン商会と二分するほどの隆盛を誇っていた。

     この会社の社主ヤコブ・シフは1847年にドイツ、フランクフルトのユダヤ人中産階級の家に生まれた。ユダヤ人陰謀論ではよくロスチャイルド家の手先とされるが、そんな事実はない。

     10代でアメリカに渡り、ブルックリンやマンハッタンで古着商の屋台を引きながら小金を貯めてやがて証券ブローカーになった。その後クーン・ローブ商会の創業者ローブの娘と結婚し、経営に参画、社業を飛躍的に拡大して個人的にも米国有数の資産家になった。

    同胞への思い

     20世紀の初頭には大陸横断鉄道の支配権をめぐってモルガン商会と大勝負をし、ウォール街の一方の支配者としての地位を築いた。陰気なユダヤ人金貸し守銭奴の印象は全くなく、信仰心厚く慎み深くて派手好みではないが、現代でいえば、メディアからその行動が常に注目されるセレブである。

     日露戦争が始まろうとする1904年2月、シフは毎年の定例となっている欧州旅行への出発を前に、セントラルパークを望む屋敷にユダヤ人商人会のメンバーたちを集めて会合を開いていた。

     彼らの話題は昨年ロシア領で発生した凄惨(せいさん)なポグロム(ユダヤ人に対する集団的迫害行為)についてだった。

     金銭的に余裕のできた彼らは、キリスト教や非宗教的な慈善事業にも多く参加したが、苦労する同胞への支援に一番熱心だった。そのために国内統治のためのはけ口としてユダヤ人迫害を容認するロシア政府は許しがたかった。

     シフは集まったメンバーに静粛を求めるとこう切り出した。

    「諸君、いまだ日本は正式な宣戦布告を行ってはいないが、間違いなく72時間以内にロシアと戦争を始めるであろう」

     現代では美術館で有名なグッゲンハイム、当時のメイシーズ百貨店のオーナーであるストラウス、それにゴールドマンやリーマンなどニューヨーク中のユダヤ人の金持ちが集まっていた。彼らは皆ドイツ出身で、仲間内ではドイツ語で話すことが多かった。

    「日本は戦争のためのファイナンスが必要なようだが、私はこれに応じようと考えている」

     しかしながら米国クーン・ローブ商会のヤコブ・シフが日本の軍資金調達を支援したことがロシアに露見すれば、いや露見するに違いないのだが、ロシア政府は国内のユダヤ人に対して仕返しに苛酷(かこく)な仕打ちをするのではないだろうか。シフはそれを心配していた。

    「ついてはこのことがロシアにいる同胞の身の上にどのような影響を及ぼすであろうか、諸君の意見を是非聞かせていただきたい」

     シフは皆に問うたが、腹の中ではどうするのか既に固まっていた。ここでロシア政府の機嫌をうかがうよりも、よもや勝てはしないだろうが、戦争を始めた日本に頑張ってもらって、ロシア帝国を少しでも弱体化できるほうがよいと判断していたのである。メンバーたちの意見も同様だった。

     シフの目的は単に金もうけだけではない。日本に資金援助することで、戦局を日本優位に展開させ、少しでもロシアの帝政が弱体化することによって同胞ユダヤ人への迫害の手を緩める。これにある。

     しかし無謀な投資は何らの効果もない。果たして日本は投資に値する国なのかどうか精査せねばならない。クーン・ローブ商会はまさにこの投資の目利きでウォール街トップクラスの投資銀行にのし上がったのだから。

     シフは会合の数日後、欧州へと旅立った。毎年数カ月の旅になる。ロンドンでは1879年以来のビジネス・パートナーで友人、なおかつ当地ではロスチャイルド、ベアリング商会とともに3大金融家の一人に数えられるアーネスト・カッセル卿がいろいろと調査をし、準備を整えて待ってくれている。2人が交わしたドイツ語で書かれた書簡は40年間で1500通にものぼっているのだ。

     そして4月には日本の資金調達チームもロンドンに来ているはずだった。是清のことである。

     シフは滞在先のフランクフルトそしてロンドンでカッセル卿と十分な時間を過ごした。そしてカッセル卿はベアリング商会のレベルストック卿とも密に連絡を取り合っていた。

     したがって是清の行動はカッセル卿に、すなわちシフにも筒抜けだった。是清が公債発行をあきらめて短期の大蔵省証券で妥協しようとした時、カッセル卿はビートンを是清の下に遣わし、公債発行の準備をしておくように示唆したのだった。

     そうして是清はいよいよ日本公債1000万ポンドを発行するが、一度には無理だからと半分の500万ポンドだけを発行することにしたのだ。

    「サプライズなお客様」

     5月3日夜、公債発行の仮契約を祝う晩餐(ばんさん)会が是清の旧友アーサー・ヒルの家で開催された。

     ロンドン金融界の著名な客が大勢来ていた。是清は日記にその名を列挙した。シップレー、グリーン、レヴィタ、パンミュール・ゴードン商会のカーゾン、スパイヤーズなどが来ていた。

    「高橋さん、今日はサプライズなお客様が来ています」

     ヒルが是清に会わせたのが、ヤコブ・シフだった。晩餐会の席順もわざわざ隣にセットしてあったのだ。

     しかし是清はこの時シフをシップレーという名前だと思っていた。クーン・ローブ商会のシフを知らなかったのだ。

    「日本軍は見事に鴨緑江(おうりょくこう)で勝ちましたね。今後の見通しはいかがでしょう?」

     シフが是清に日本のことを子細に聞いてくる。皇室、鉄道、経済、人口、教育、などなど、是清と深井はちょうど公債発行の目論見書を作成しているところで、そこには日本の経済データが満載である。是清は細かい数字までおぼえている。

    「深井!」

     数字がはっきりしなければそこは資料を持ち歩いている深井が控えている。

     熊か何かのぬいぐるみのように丸く太った大男と、神経質そうな小柄の痩せた日本人の男のコンビはシフにもおかしく映った。とにかくどちらも一生懸命なのだ。

     是清は相手が誰だかわからないまま、日本という国がいかに魅力的なのかを熱く語った。そしてその相手は是清からすればたまたまシフだったのだ。だが、是清はこの時日本公債に関する話はしなかった。

     晩餐会は引けた。公債発行の仮契約は終わったが、是清と深井には肝心の公債の売り出しが待ち構えている。果たしてロンドンの投資家は日本公債を買ってくれるのだろうか?

    (挿絵・菊池倫之)

    (題字・今泉岐葉)

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