呉製鉄所閉鎖に動く日本製鉄 「ラストベルト化」の懸念も=細川良一
日本製鉄(日鉄)が呉製鉄所(広島県)で2023年9月までに高炉2基を含むすべての設備を止め閉鎖する。高炉を持つ製鉄所を丸ごと閉鎖するのは同社初。これがきっかけとなり、鉄鋼産業をはじめとする製造業が衰退した米国のさびついた工業地帯「ラストベルト化」が日本でも始まる、という懸念も強まっている。
米鉄鋼王の末路
過去最高値の更新に沸くニューヨーク株式市場で、逆行安を続ける名門がある。USスチール。鉄鋼王と称えられたアンドリュー・カーネギーを祖とし、名実ともに米国を代表する鉄鋼大手だ。
USスチールは、八幡製鉄と富士製鉄が統合した新日本製鉄(現日鉄)の誕生まで年3000万トンの粗鋼を生産する世界最大手だった。それが今では1000万トン。
時価総額は日本円換算で2000億円にも満たない。日本の鉄鋼最大手、日鉄には粗鋼生産で5倍、時価総額では7倍もの差を付けられている。「ラストベルト」を代表する存在となってしまったUSスチールの衰亡を見ると日鉄が今直面する課題と重なる点は少なくない。一歩間違えれば、日鉄も「ラストベルト化」しかねないという暗示である。
日鉄は今期、巨額の減損計上に追い込まれ、過去最大となる4400億円の最終赤字へ転落する。過剰能力を減らすため、子会社を通じ運営する呉製鉄所の閉鎖を決定。高炉から圧延設備まで全て休止する初のケースとなる。さらに旧住友金属工業が関西の拠点としてきた和歌山製鉄所で2基ある高炉の1基を22年9月までに休止。
USスチールも約40年前の1979年1月、5000人が働くオハイオ州ヤングスタウンの高炉一貫製鉄所を閉鎖すると発表。オイルショック後の需要低迷が深刻化し、合理化へと動き出す最初の事例になった。
ただしヤングスタウンは戦前からの旧式設備ばかりで規模が小さく、閉鎖は遅すぎたとも言われる。USスチールはその後、ペンシルベニア州ジョーンズタウンやフェアレス・ヒルズ、イリノイ州シカゴ・サウスなど数々の製鉄所を閉鎖。フェアレスでは日本で77年に姿を消した平炉法という前世代の設備が91年まで使われていた。
工場や地域雇用を維持するため古い設備を使い続ければ、結果的には経営体力をそいでいく。さらに米国では退職者への年金負担といった「レガシーコスト」が重くのしかかる。
現在の日鉄も、高度経済成長期に建てられた製鉄所の老朽化更新を迫られており、20年度までの3カ年で1兆7000億円の設備投資を計画してきた。しかし業績悪化で、予定より10%以上減らす方針に転じている。
もはや全ての設備を更新する余裕はなく、残す製鉄所や設備を「選択」しなければ他の製鉄所にも十分な投資が回らず共倒れになる。呉製鉄所の閉鎖は、こうした決意を込めた一歩と言える。
鹿島と名古屋も?
小さな鉄鋼メーカーの集合体として始まり、生産拠点が分散していたUSスチールは、閉鎖を繰り返した末に3カ所に高炉一貫製鉄所を絞り込んだ。03年にNKK(現JFEホールディングス)からナショナル・スチールを買い取り計5カ所となったが、鉄冷えの再来で今も高炉を維持するのは3カ所のみ。高炉を止めた1カ所では、その代替で鉄スクラップを溶かす電炉を新設中だ。
日鉄も昔は高炉があった広畑製鉄所(兵庫県)に22年稼働予定で電炉を新設する。高炉が象徴だった名門鉄鋼メーカーが、電炉に挑戦するのも時代の流れなのだろう。
USスチールはニューコアなど電炉メーカーや価格が安い輸入鋼材に対抗しきれず、規模を縮小させる一方だった。結果的には戦略が後手に回った感が否めない。日鉄が同じ轍(てつ)を踏まないためには、スピード感ある合理化の実行と収益力の回復にかかっている。高炉の閉鎖で巨額の減損を出しても収益が改善しなければ旧住金の象徴的な存在だった鹿島、そして旧新日鉄でも聖域視されてきた名古屋すら俎上(そじょう)に載る可能性もある。
(細川良一・ジャーナリスト)