教養・歴史書評

『資本主義の新しい形』 評者・上川孝夫

    著者 諸富徹(京都大学大学院教授) 岩波書店 2600円

    加速する「非物質化」で「社会的投資国家」へ

     バブル崩壊以降、日本企業の競争力低下や日本経済の低迷が繰り返し指摘されてきた。「失われた30年」という声も聞かれる。だが著者によれば、問題はより根源的なところにある。資本主義の在り方自体が根本的に変化しつつあり、その変化に日本がついていけず、落後しつつあるというのだ。この資本主義の変化こそ、書名にある「資本主義の新しい形」の意味するところである。

     その場合、キーワードは、資本主義の「非物質化」、ないし「非物質主義的転回」にある。ものづくりは依然重要であるが、価値の源泉は、工場建設などの物的投資よりも、知的財産、ソフトウエア、組織、ブランドなどの無形資産に移りつつある。それに伴って、投資や労働、国家の在り方も変化していく。それは例えば、人的資本の重要性や「デジタル課税」の議論などに表れている。だが問題は、いかにして質の高い資本主義にするかである。「資本主義の新しい形」が望ましいものであるかどうかは、それが成長に寄与するか否かだけでなく、持続可能で公正な資本主義への変化を促すかどうかで判定すべきである。

     たとえば、地球温暖化に伴う温室効果ガス問題は、環境を守ることを通じて成長を生み出すような取り組みを求めている。また人的資本投資は、成長戦略であるとともに、格差拡大を防ぐ武器にもなり、国家に新たな役割を求めている。本書の言う「社会的投資国家」である。

     この「社会的投資国家」概念を事実上初めて生み出したのは、スウェーデンである。この国の経済成長率は、この30年間の平均で日本を上回っており、しかもCO2排出量は減少している。福祉と成長を両立させている秘密は、どこにあるのか。注目されるのは、人的資本投資の違いである。「同一労働・同一賃金」を導入しているが、日本のような正規と非正規間の賃金格差を是正するためではない。一国の賃金体系として機能しており、しかも生産性向上と産業構造転換を促す役割を果たしている。企業が倒産しても、高収益産業へ転職できるよう、国の職業訓練投資は手厚い。企業には生産性を高めるインセンティブ(誘因)が働く。

     コロナ禍を機に資本主義の形はどうなるのか。本書が指摘するような変化が加速しそうだが、日本では物的な社会インフラも古くなっており、地域格差への目配りが必要だろう。脆弱(ぜいじゃく)さがあらわになったグローバル経済もまた、資本主義の再定義をめぐる議論を再燃させそうだ。今後の参考にもなる一書である。

    (上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)


     もろとみ・とおる 1968年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、同研究科教授。財政学、環境経済を専門とする。著書に『思考のフロンティア 環境』『人口減少時代の都市』など。

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