教養・歴史書評

『実力発揮メソッド パフォーマンスの心理学』外山美樹(筑波大学准教授)著 講談社選書メチエ 評者・池内了

著者 外山美樹(筑波大学准教授) 講談社選書メチエ 1350円

実力を最大限発揮する心構え 「己を知り」実践する術を説く

 講演会でしゃべり慣れているせいか、演壇に上がるまではやたらと緊張するが、いったん聴衆の前に立つと失語症にならずにスムーズに話を終えている。それを見て、非常に有能なくせに演壇であがって舌がつってしまう同僚から「上手にしゃべれる秘訣(ひけつ)は何ですか」と聞かれるのだが、これといって秘訣が思いつかないから答えようがない。幸い、いい本が出たのでこれを紹介しようと思っている。

 本書の前半は、パフォーマンスを行う前の目標設定と実行、結果のフィードバック法、自分はできるという「有能感」の育て方、人との比較の生かし方など、主にパフォーマンス実践前後の心の持ちようについて書かれている。「心理学」と副題にあるように、人間心理に関する実験とその解釈から、自分の力量を最大限に発揮するために必要な心構えを理論的に説いていてわかりやすい。

 とはいえ、あくまで理論的説明だから実践的ではない。知りたいのは、実際のパフォーマンスの際の「あがり」という現象への対処法である。鼓動が速くなる・体が震える・やたらに汗をかく・息が上がるなどの生理的反応、落ち着かない・不安を感じる・気が散るなどの心理的反応、自信の低下・脱力感などの逃避的反応に対する処方箋なのだ。

 その答えは意味深長な「己を知る」という章に集約されている。要するに、人間は攻撃重視(促進焦点と呼ぶ、冒険好きの積極派・楽観主義者)か、守備重視(防止焦点と呼ぶ、安全志向の慎重派・悲観主義者)かのいずれかに分類されるから、自分はどのタイプであるかを自覚して、それに適した方法を用いるとパフォーマンスが高まるというのである。

 例えば、メンタルトレーニングは、成功例を思い浮かばせ不安を感じないよう励ますのがよいとされているが、それは積極派の人間には有効だが、慎重派には失敗してもすぐに回復できる例を多数思い起こさせる方がよい。ポジティブ思考こそがパフォーマンスを促進するという風潮が強いが、悲観主義者にはそれは無効で、むしろネガティブの最悪の状況を提示して、それを少しでも上回るパフォーマンスができることで自信をつけさせる方がよいのである。

 強力なライバルの存在や成功を意識させて自身の能力を高める積極派と、ライバルではなくチームメイトとの関係を深めて協調性や社会的つながりの関係性から自信をつけていく消極派もいるというわけだ。

 確かにネクラな同僚に役に立ちそうで、さっそく勧めることにした。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 とやま・みき 1973年生まれ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科中退。心理学博士。教育心理学が専門。著書に『行動を起こし、持続する力 モチベーションの心理学』など。

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