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コロナで「自粛警察」が暴走するのは「幼少期」と「ドーパミン」が原因=山田厚俊
「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」などと書いた紙をライブバーの店先に張ったり、SNSで〝3密行為〞を批判する動きが目立つようになった。
いわゆる「自粛警察」だが、どのような心理が働いているのだろうか。
第一線の心療内科医に聞いた。
「ゆがんだ正義感」はどこから来るのか
「一人一人が感じる『正義感』と、社会のルールとしての「正義」は別であることに注意する必要があります」
こう語るのは、心療内科のベテラン医師、梅谷薫氏だ。
コロナ禍以前から、〝ゆがんだ正義感〞について警鐘を鳴らしてきた。
梅谷氏は、「自粛警察」の心理を知るためには、まず脳の仕組みを理解する必要があると語る。
(梅谷)私たち人間の脳の機能は、3層構造になっています。
第1層は『脳幹』で、生命の中枢となっており、第2層が扁桃体などを含む『大脳辺縁系』です。ここは感情の中枢を担っています。
一番外側の第3層が『大脳新皮質』で、理性の中枢です。
私たちは幼少期に、『自分が正しい』という『正義の感覚』を育てます。これは自分を守るシステムであり、生きる上での確信となる感情であるといわれています。
しかし、それぞれが自分の『正義感』を主張するだけでは、社会生活が成り立ちません。
人を傷つけたり、だましたりしてはいけないという『社会のルール』、つまり『正義』を、しつけや教育を通して学ぶのです。この学びの脳は、第3層の大脳新皮質となります。
平和な時代であれば、個々の『正義感」は、法律をはじめとした「社会正義」とほぼ一致するように脳内で調整され、維持されています(図1)。
しかし、今回のコロナ禍のように強い社会不安が広がる状況では、この「社会正義」と「正義感」が対立する場面が出てきます。
目に見えないウイルスに感染してしまうのではないか、自分や家族の生命が脅かされるのではないか。こうした強い「不安」と「恐怖」が私たちを襲います。
同時に、半ば強制された自粛生活によって生じる「不安」「不満」「怒り」といった感情が募ってきます。
このような感情はこれまでは飲み屋やカラオケに行く、スポーツをするなどの「行動」によって、発散されてきました。
しかし今は自粛生活のため、行動で発散させることができません。行き場を失った感情のエネルギーが、「悪を正すことで、自分の不安を解消する」という〝感情のはけ口〞に向かう事態を起こしやすくするのです(図2)。
これが、「自粛警察」などの行動を引き起こすメカニズムだといえるのです。
一つ一つは「正しい行動」でも、行き過ぎると〝ゆがんだ正義感〞と呼ばれることがあります。
コロナ禍という未曽有の事態の中で、私たちは必死に毎日の生活を送っています。こうした私たちの生活に反して、〝3密〞になる恐れのある行為を目にすることがあります。
一見、「正しくない行為」の裏には、それぞれの事情もあるでしょう。しかし、「自分は正しい!」という感情に突き動かされている時は、冷静な判断ができません。
「社会正義」で許容されている範囲を超えて突っ走ってしまい、〝ゆがんだ正義感〞と呼ばれる行為になるのです。
ネット社会の「匿名性」でエスカレート
――5月14日、政府は39県について緊急事態宣言の解除を決定した。
残り8都道府県については、解除の可否が21日に改めて判断されるという。
今後、〝ゆがんだ正義感〞はなくなっていくのだろうか。
(梅谷)その可能性は低いと思います。なぜなら、コロナ以前からも〝ゆがんだ正義感〞の事例は多かったからです。
私は日々、クリニックの外来で、さまざまな人間関係のトラブルに対処してきました。心身の調子を崩す原因になりやすい「危険な隣人」や「危険な上司」に共通している点の一つが、〝ゆがんだ正義感〞なのです。
それで私は、2016年に『ゆがんだ正義感で他人を支配しようとする人』(講談社+α新書)を上梓しました。
最近、その傾向が強まっており、コロナ禍で一気に爆発したといっていいのではないでしょうか。
この傾向を助長した要因の一つが、ネット社会です。〝3密〞を避けるために多くの国民が巣ごもり生活となり、インターネットを使う機会が激増しました。
ネットは「匿名性」と「非身体性」が特徴の世界です。自分の正体を明かす必要もなく、相手を罵倒しても実害をこうむる危険性はありません。
悪に対して正義の鉄槌を下すのは、きわめて心地よい行為です。
脳内では、快楽物質のドーパミンが分泌され、行為がエスカレートします。
ドーパミンは依存症の原因となる物質で、行動を繰り返すほど快感が増します。そのため、正義感に駆られた行動は止まらなくなります。
さらに、ネットは簡単に賛同が得られる社会です。本来なら、家族や友人に「さすがに、それはやりすぎじゃないの」と止められるレベルでも、ネットでは「いいね!」が押され、コメントがリツイートされて、全国に「感情」が共有されていきます。
しかも、即座にこの「感情」は増幅され、大きな波となって攻撃対象となる人を襲うことになるのです。
コロナは今回で完全に終息するわけではありません。数年にわたり、感染の波が何度も繰り返されていくものと思われます。
これまで以上に、安全や安心が保証されない社会になると思われます。
そういった社会では、いつ〝ゆがんだ正義感〞が暴走してもおかしくない状況が続くわけです。
全国で緊急事態宣言が解除されても、潜在的な「不安」や「不満」はくすぶり続けます。その感情エネルギーは、自粛警察とは別の形となって、これからも現れ続ける。それを忘れてはならないのです。」
どうして寛容になれないのか?
――〝ゆがんだ正義感〞と対極にあるのは、他者を認める〝共生の理念〞だろう。
互いを認め合い、住みよい社会を形成していくために必要なこととは何だろうか。
(梅谷)私たちが今暮らしているネット社会は、誕生してまだ数十年もたたない『新しい社会』です。 基本的に自由で束縛が少なく、世界中の人たちとすぐにつながることができる環境です。
しかし同時に、実社会でのルールや規範が通じない部分も多い。その意味では、まだ『未成熟な社会』です。
一見、「正しくみえる行為」が、突然暴走して多くの人を傷つけたり、苦しめたりする凶器になりかねません。
自粛警察はあくまでも個人的な行為であって、本当の警察ではありません。
それを忘れないようにしないと、いとも簡単に〝ゆがんだ正義感〞のワナに落ちてしまうのです。
そうならないためには、時代に合わせて必要な範囲での法律の整備も検討されるべき課題なのかもしれません。
〝ゆがんだ正義感〞を振りかざす人は、自分は間違っていないと信じ込んでいて、なかなか他人の声を聞き入れないのが特徴です。
従って、その信念を変えることはきわめて難しいといえるでしょう。
それでも、その人たちに伝えたいのは、『ちょっと立ち止まって〝正義感の束縛〞から逃れてみたらどうだろう?』という問いかけです。
感情をそのまま行動に移すのではなく、もう一度考えてみる。自分の考えは正しいのか、もっといい意見はないのか。間違っていると指摘されたら何が問題なのか。信頼できる人と話し合い、異なった意見を吟味してみる。
自分の「正しさ」が通用する範囲を広げすぎないことが大切です。
さらに、最初の考え方が間違っていると感じたら、すぐに改める。
こうしたことの繰り返しこそが、私たちの「正義感」を鍛える唯一の方法だと思います。
私たち日本人は、お互いに「共感」し合い、助け合って生きることが得意な民族です。だから、罰則を伴わない「自粛」対応で、新規感染者を減らせるレベルまでがんばってこられました。
その「共感」のエネルギーを「私刑」や「魔女狩り」というような行為に振り向けず、理性ある人間らしい対応を心がける。
そのことが今の時代にはとても大切ではないかと思うのです。
構成/本誌・山田厚俊
梅谷薫(うめたに・かおる)
1954年生まれ。東京大医学部卒。日本心身医学会会員、日本精神神経学会会員。日本内科学会認定内科医、産業医。「薬の処方より希望の処方」がモットー。著書に『「毒になる言葉」「薬になる言葉」』(講談社+α文庫)、『あなたの感情を「毒」にしない生き方』(実業之日本社)など多数