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教養・歴史 書評

『ドイツ・パワーの逆説 「地経学」時代の欧州統合』 評者・服部茂幸

著者 ハンス・クンドナニ(英王立国際問題研究所上級研究員) 訳者 中村登志哉 一藝社 2700円

準覇権国としてのドイツ その経済政策を批判的に分析

 2010年のユーロ危機以後、ドイツのヨーロッパ支配が議論されている。これが歴史の皮肉なのは、EU(欧州連合)やユーロ創設の主要な目的の一つがドイツを封じ込めることであったことにある。

 ヨーロッパ大陸の中心に位置するドイツは、世界やヨーロッパを支配する覇権国になるには小さすぎ、無視できる小国とするには大きすぎる。中間の準覇権国としてのドイツは、ヨーロッパと世界の攪乱(かくらん)要因となるのが歴史の必然だというのが本書の主張である。

 本書は1871年の統一以前のドイツの状況から始まり、統一後の英独の覇権争いと、それが生み出した二度の世界大戦へ続く。しかし、本書最大のテーマはユーロ危機と「ドイツが支配するヨーロッパ」である。

 本書によれば、08年の世界金融危機はアングロ・サクソン型の資本主義が作り出したものだとドイツ人は考えている。しかし、自分たちは別の道を歩んでいると考える。確かにドイツは英米とは同じではない。例えば、ドイツは労働規制が厳しく、労働時間は世界最短である。

 けれども、こうした考え方は欺瞞(ぎまん)だと本書は言う。実際、ドイツ銀行は強欲さにおいてウォール街に決して劣らない。市場の自由と規律を重んじるドイツ政府は、計画経済とケインズ主義に反対し、他国に緊縮財政を押しつけている。ドイツ連邦銀行を模範として作られた欧州中央銀行は物価安定に固執している。

 今のアメリカの主流派経済学は基本的に反ケインズ主義であり、金融政策が物価を安定化させれば、自由な市場は完全雇用と成長をもたらすと考えているはずである。だから、評者は「ドイツの道」はある意味でアメリカ(の政策当局)よりもアメリカ経済学に忠実だと考えている。

 ギリシャなど危機に陥った国は外部からの助けを必要とし、ドイツに大きな期待が寄せられている。ところが、ドイツは覇権国として弱小国を助ける力と意思を持たない。逆に準覇権国として、弱小国に緊縮と構造改革を押しつけた。これが危機を悪化させ、ヨーロッパを分裂させた。

 けれども、ドイツ人から見れば、こうした行動は防衛的なものだろう。その意味で、現在の「ドイツ帝国」はナチス時代の第三帝国とは異なると評者は考えている。

 破壊はたやすく、建設は難しい。中東、世界環境、貿易などの問題で、秩序を建設する力も意思もないが、破壊するための力と意思は十分にある今のアメリカにも、ドイツと同じことが言えることだろう。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 Hans Kundnani 英オックスフォード大学で哲学とドイツ語を学ぶ。英紙『ガーディアン』等で活躍後、ドイツ・マーシャル財団(米国ワシントン)上級研究員、欧州外交評議会の研究部長を歴任。2018年から現職。

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