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経済・企業 コロナ危機の経済学

「新型コロナ就職氷河期世代」は生まれるのか=太田聡一(慶応義塾大学教授)

「新・氷河期世代」を作ってはいけない
「新・氷河期世代」を作ってはいけない

 先日まで「人手不足」が懸念されていた日本の労働市場は、新型コロナウイルスの流行によって急激な変化に見舞われた。

 5月17日現在、政府による緊急事態宣言は東京や大阪を中心に解除されておらず、多くの企業が休業状態を続けている。企業の倒産も、当初は旅館やホテルなどインバウンド(訪日客)の途絶によるものが話題になっていたが、最近では自粛の影響で、飲食店やアパレル関係などにも広がりを見せており、人々の間で雇用に対する不安が広がっている。

 今後については現時点で確たることは言えないが、当面の間はインバウンドの途絶や世界経済の収縮の影響を受けて、労働市場のある程度の悪化は免れないだろう。1990年代以降の長期不況の経験から、日本は労働市場のショック耐性を高めるべく取り組んできたが、その現状と課題について改めて考える必要があろう。

無期転換ルール

 コロナ関連の政府の雇用対策は、現在のところ雇用調整助成金が中心となっている。この制度は、事業主が雇用を維持したまま休業などを実施して休業手当を支給する場合に、その一定部分を助成するもので、2008年のリーマン・ショックや11年の東日本大震災の際に広く活用された実績がある。今回政府は、「新型コロナウイルス感染症特例措置」として、助成率などの拡充策を打ち出すとともに、休業手当が支払われなかった労働者に対する直接支給も用いることで、休業中の労働者の生活保障を実現しようとしている。

 このスキームは、休業による感染抑止のみならず、企業の採用活動が停滞する自粛期間中に解雇などによる求職者が急増するという事態を回避するために有効だと考えられる。とくに、日本の場合には従業員の離職動向が失業率を左右する傾向が先進諸国の中でも強いので、休業手当の助成は、雇用不安の緩和に寄与する公算が大きい。

 しかし、これはあくまで急激なショックを緩和するための制度なので、今後本格的な停滞が生じれば、事業所の閉鎖や雇い止め・解雇による失業者の増加が懸念される。その段階から労働市場の耐性が試されることになろう。

 その際に注目すべきポイントの一つは、非正規雇用者の雇用保障だ。リーマン・ショック時には派遣社員やパートタイマーの雇い止めが大きな社会問題となったことから、政府は非正規雇用者の雇用の安定性を高める方策を推し進めてきた。その代表が、有期の契約が更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申し込みにより期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できる、「無期転換ルール」の導入である。

職業訓練、仲介の強化を

 18年4月に本格的に実施された無期転換ルールのもとで、非正規雇用者に占める無期雇用の割合は上昇した。しかし、「労働力調査」(総務省)によると、その大きさは18年1月から20年3月にかけて25%から28%への3ポイントの上昇にとどまっている。18年6月に出された連合による調査では、こうしたルールの存在をよく知らない人が有期雇用者の7割近くを占めていることや、正規雇用者との待遇格差への不満が、無期転換が進みにくい理由として挙げられている。

 この点は、「労働力調査」において非正規労働者の実に24%が「雇用契約期間の定めがあるかわからない」、あるいは自分が有期雇用者だと知っていても「期間がわからない」と回答していることとも関係しているだろう。

 よって、雇用契約概念の浸透、無期転換制度の周知、不合理な正規・非正規間の格差の是正などのこれまでの取り組みは、今後も長期的に進めていく必要がある。それと同時に、失職した非正規雇用者に対しては、再就職支援のみならず、生活困窮に陥るリスクが高いことを考慮して、住居確保などの自立支援に漏れが生じないような取り組みが求められる。

 失業者が増え始めると、今度は求職者と求人のマッチングがどのくらいスムーズであるかが重要になる。マッチングの効率性を求職者(新卒を除く)の就職率で把握するならば、労働市場におけるミスマッチの改善や求人・求職情報の充実といった変化は、マッチング効率性の上昇、ひいては就職率の上昇となって表れるはずである。

(注)就職率は、就職件数を新規求職申込件数で除したもの (出所)「職業安定業務統計」(厚生労働省)より筆者作成
(注)就職率は、就職件数を新規求職申込件数で除したもの (出所)「職業安定業務統計」(厚生労働省)より筆者作成

 しかし、実際のハローワークのデータを見ると、有効求人倍率が大きく上昇して仕事が見つけやすくなっているにもかかわらず、14年前後から就職率は頭打ち傾向が見られる(図)。一つの指標だけで判断するのは危険だが、少なくとも就職率の動きからは、マッチングの効率性が近年改善しているようには見えない。今回のコロナ問題を機に、職業訓練や職業紹介の機能強化に改めて力を注ぐことが望ましい。

90年代の知見を生かせ

 マッチングで特に留意すべきは、新卒を含む若年層の就職状況だ。90年代以降の日本の労働市場にとっての最大の教訓は、若年期に良好な就職機会を得ることができなかった世代が、労働条件面でも家族形成においても長期的に不利な立場に置かれるという事実であった。よって、筆者は労働政策面の最優先課題は、コロナによる「新しい就職氷河期世代」を生み出さないことだと考えている。

 若年雇用対策については、90年以降の長期不況の中で数多くの知見が蓄積されており、また若年就業促進の拠点となるジョブカフェなどの仕組みも整備されているので、それらを生かす取り組みが求められる。もちろん、すでに政策として決定された、就職氷河期世代への支援も継続していく必要がある。

 総じて、日本の労働市場は機能としてのショック耐性を獲得する道半ばにして、今回のコロナショックに遭遇している状況だと思われる。

 一方、90年代以降の長期不況下で整備してきたさまざまなセーフティーネットが作動しつつあるのも事実である。また、リモートワーク(在宅勤務)に取り組む企業も増えたが、この流れが進めばワーク・ライフ・バランスの改善に寄与するのみならず、将来のショックへの備えとなるだろう。緊急の対応に力を注ぎながらも、長期的に日本の労働市場をショック耐性の高い状態に変えていくことが望ましいのではなかろうか。

(本誌初出 雇用 試される労働市場のショック耐性 「新・就職氷河期世代」を作るな=太田聡一 6/2)

(太田聡一・慶応義塾大学教授)

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