経済・企業コロナ危機の経済学

命をまもる資本主義を提唱していた宇沢弘文「社会的共通資本の経済学」の凄さ=佐々木実

    論的のミルトン・フリードマン(右)とは幾度も議論をを闘わせた
    論的のミルトン・フリードマン(右)とは幾度も議論をを闘わせた

     フランスの経済学者ジャック・アタリ氏は『日本経済新聞』(4月9日付)のインタビューで、「新型コロナは世界経済をどう変えますか」と問われ答えている。

    「危機が示したのは、命を守る分野の経済価値の高さだ。健康、食品、衛生、デジタル、物流、クリーンエネルギー、教育、文化、研究などが該当する。これらを合計すると、各国の国内総生産(GDP)の5〜6割を占めるが、危機を機に割合を高めるべきだ」

    「経済の非常事態は長く続く。これらの分野を犠牲にした企業の救済策を作るべきではない。そして、企業はこれらと関係のある事業を探していかなければいけない」

     アタリ氏の見解に同意しつつも、コロナ災禍が起きるずっと以前、危機に対応できる制度の設計を唱えつづけていた経済学者を思い起こさずにいられなかった。宇沢弘文(1928〜2014年)である。

    35歳でシカゴ大教授

     評伝『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』(講談社)を執筆して感じたのは、宇沢経済学の要諦が「危機の経済学」だということだった。資本主義的な市場経済制度は内在的に危機を抱えている。そうした認識のもと、宇沢は「社会的共通資本」という概念を創出し、理論を築いた。

     東大数学科を最優秀の成績で卒業して大学院に進んだ宇沢は、敗戦直後の混沌(こんとん)とした世情のなかでマルクス経済学と出会い、経済学者に転身した。マルクス主義にはなじめなかったものの、新古典派経済学の最先端の数理経済学に触れると才能を開花させた。20世紀を代表する理論家ケネス・アローに論文を送ったところ、スタンフォード大学に招かれたのである。

     28歳で渡米してからはアメリカン・ドリームの体現者となった。アローはもとよりロバート・ソロー、ジェームズ・トービン、ポール・サミュエルソンなどに認められ親交を結び、35歳でシカゴ大学教授に就任した。

     ところが、不惑を迎える68年に突然、宇沢は恵まれた地位を放擲(ほうてき)して日本へ帰ってしまう。ベトナム戦争が帰国を促したといわれている。経済学に限れば、「アメリカ経済学」からの離反だった。

     帰国後、水俣病をはじめとする4大公害病や、『自動車の社会的費用』(岩波新書)で取り組んだ都市問題など、高度経済成長の陰としての環境問題に向き合い、宇沢は鮮やかな変貌を遂げた。

    50年前に着想

     宇沢の教えを受けたジョセフ・スティグリッツにインタビューした際、興味深い話をしていた。サミュエルソンらアメリカ・ケインジアン(一般均衡理論にケインズの有効需要理論を移植)の勢力が衰え、反ケインズ経済学を掲げるミルトン・フリードマンらが台頭してくる70年代半ばを起点として、リーマン・ショックが起きる08年までをスティグリッツは「Bad Period(悪い時代)」と呼び、宇沢についてこう述べた。

    「この時期、経済学界ではヒロ(宇沢の愛称)が常に強い関心を寄せていた“不平等”や“不均衡”や“市場の外部性”の問題はあまり注目されることがありませんでした。経済学の主流派はみんな“市場万能論”に染まってましたから。ヒロが成し遂げた功績にふさわしい注目を集めなかった理由は、意外に単純です。つまり、『(経済的な)危機など決して起こるはずがない』と信じ込んでいる楽観的な経済学者たちの輪の中に、ヒロが決して入ろうとしなかったからなのですよ」

     いま、コロナ災禍が招いた経済危機は人々の生存権を脅かしている。国際通貨基金(IMF)が予測したように「世界大恐慌以降で最悪の景気後退」に陥る可能性も高い。宇沢が懸念していた状況が出現しつつあるのだ。

     08年のリーマン・ショックの際、東京の日比谷公園に「年越し派遣村」が出現して非正規労働が問題となったが、結局、根本的な対応はなされないまま、むしろ当時より非正規労働者が増えた状況で再び危機を迎えてしまっている。

     世界金融危機では、アメリカの金融界が政府に救済されて批判を浴び、金融規制緩和の後ろ盾だった経済学者の信用も失墜した。信頼を取り戻せぬまま、パンデミック(大流行)の危機に見舞われているのが経済学の現状ではないだろうか?

     振り返れば、宇沢は現実の世界が東西冷戦体制にあるときから、「第三の道」を理論のうえで模索していた。シカゴ大学の同僚フリードマンとしばしば議論を闘わせたが、サミュエルソンらアメリカ・ケインジアンにもくみしなかった。ケインジアンからマネタリストへの覇権交代を経てリーマン・ショックで袋小路へ入り込んでしまう「アメリカ経済学」を予見したかのように、宇沢はアメリカを去り、アメリカ経済学から身を引き剥がした。

     国連がSDGs(持続可能な開発目標)を唱えはじめたのが5年前であることを考えれば、50年も前に宇沢が社会的共通資本を着想した事実は特筆に値する。

    〈社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する〉(『社会的共通資本』岩波新書)

    人間と自然の関係

     宇沢が社会的共通資本の重要な構成要素として挙げたのは、自然環境(大気、森林、河川、土壌など)、社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど)、制度資本(教育、医療、司法、金融など)である。

     主流派経済学(新古典派経済学)が市場メカニズムの分析に専心するのに対して、宇沢は市場経済を成り立たせている土台である社会的共通資本の役割を分析することで、その意義の大きさを明らかにしようとした。それは市場原理主義的な経済学や新自由主義へのアンチテーゼでもあった。

     コロナ後の社会をデザインする指針となりうる理由について、社会的共通資本の二つの特徴に触れておきたい。「市民の基本的権利」を理論の基礎に据えていること、「自然」を含む「環境」を分析対象にしていることだ。

     社会的共通資本を市場原理のみに委ねてならないのは、ひとりびとりが市民の基本的権利を享受できることが市場経済の大前提だからである。

     他方、公害をきっかけに社会的共通資本を着想した宇沢が、地球温暖化問題にもっとも早く取り組んだ経済学者となったのは偶然ではない。

     コロナ危機は、人類の行動抑制が大気汚染を劇的に改善させる皮肉な現実も見せつけている。こうした現象もまた、人間と自然の関係をも射程に入れた社会的共通資本の経済学が出番を迎えていることの証左といえるかもしれない。

    (本誌初出 資本主義 危機に呼び出される宇沢弘文「社会的共通資本」の経済学=佐々木実 6/2)

    (佐々木実・フリージャーナリスト)

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