「生産性の低い中小企業が日本経済の足を引っ張っている」は本当なのか=佐藤主光(一橋大学国際・公共政策大学院教授)
政府は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急経済対策で、さまざまな中小企業支援策を打ち出した。売り上げが急減した中小企業に最大200万円、個人事業主に最大100万円を給付。実質無利子・無担保の融資枠や、企業に休業手当の一部を補助する雇用調整助成金を拡充する。
当面の生活と雇用を守るためにも、こうした支援は緊急措置として欠かせない。他方、感染終息後の経済・社会の環境は大きく変わることが見込まれる。一部の飲食産業や観光産業は斜陽化するかもしれない。一方で経済活動のオンライン化は進むだろう。「ポスト・コロナ」を見据えると、感染拡大前への「原形復旧」を志向する中小企業保護は、産業の新陳代謝やイノベーション(技術革新)を阻害しかねない。
典型的なのは1923年の関東大震災直後の企業支援策だ。日銀は、震災地を支払地や振出地とする決済困難な「震災手形」を銀行などから再割引して買い取ることで、民間の企業や銀行の資金繰りを支援しようとした。これに伴う日銀の損失は、政府が1億円まで補償するという仕組みだった。
ところが、実際には震災以前の第一次世界大戦後に陥った戦後恐慌(1920年)から経営が悪化していた企業の不良手形が大量に持ち込まれ、日銀が期限の1924年3月末までに再割引した手形は補償限度を超える約4億3000万円にも膨らんだ。震災前からの放漫経営や業績不良のいわゆる「ゾンビ企業」や、そこに貸し付けていた関係銀行の整理を先送りし、延命させたのだ。これが、1927年の昭和金融恐慌の糸口となる。
低い日本の廃業率
震災手形の処理に政府・日銀が手間取る中、不良債権化する震災手形で植民地だった台湾の台湾銀行や東京渡辺銀行などの金融機関の経営危機が次々に明るみに出て、銀行の取り付け騒ぎが全国に広がった。37の銀行が休業に追い込まれた。
2011年の東日本大震災でも、被災企業に対する支援の一つに「グループ補助金」があったが、20年2月までに受給企業75社が業績回復せず倒産している。高齢化や過疎化、地場産業の衰退で経済が「構造的」に低迷してきた面は否めない。現状維持や原形復旧へのこだわりが産業の構造転換を損ねたともいえる。
17年度の日本の廃業率は3・5%で、英国(12・2%)やフランス(10・3%)と比べても低い水準にとどまる。関東大震災後の悲観シナリオを再現しないためにも、「ポスト・コロナ」を見据え、創造的な形で構造転換させる必要があろう。
無論、新陳代謝の促進が「弱者切り捨て」になってはいけない。従前の中小企業対策は経済政策と社会政策が混在してきた。これを区別して、経済政策ではコロナ後の中小企業の生産性の向上に努める一方、社会政策として廃業や事業譲渡を選ぶ事業者への当面の生活資金の確保など、支援を充実させるべきである。
(佐藤主光、一橋大学国際・公共政策大学院教授)