経済・企業歴史でわかる経済危機

アフターコロナに「大恐慌時代」はやってくるのか=河野龍太郎(BNPパリバ証券チーフエコノミスト)

    1931年3月、ニューヨーク州庁舎に押し掛けた飢餓行進の一隊
    1931年3月、ニューヨーク州庁舎に押し掛けた飢餓行進の一隊

     当初、欧米では1~2カ月程度のロックダウン(都市封鎖)で、新型コロナウイルスの封じ込めが可能だと考えられていた。しかし、感染者数がいったん落ち着いても、ワクチンや治療薬が完成し普及するまでは、経済活動が再開されると、感染の再拡大が懸念される。経済活動をパンデミック(世界的流行)以前のレベルまで戻すのが難しいことが徐々に認識されてきた。

     ならば、徹底的にウイルスを封じ込めるのか。政策当局の間でも、対応方針の再検討が始まっている。当初は、一時的に経済が落ち込んでもV字型に急回復するなら、封じ込めと経済運営の間にトレードオフ(二律背反)はないと考えられていた。しかし、思った以上に時間を要し、悪影響の2次的波及も懸念される。経済は良くてもしばらく低迷するU字回復で、悪ければ底をはうL字型に近く、経済運営との間にトレードオフが生じる。

     人命は何にもまして尊いが、歴史を見ると、経済低迷もまた人命を奪い去る。今回は、経済収縮で職を失った人々が、罹患(りかん)リスクの高い過酷な職を選ばざるを得なくなっている。米国では、白人に比べ黒人やヒスパニックなどの致死率が高いことが報告されている。保守派が経済活動のある程度の再開を望むのは、単に自らのビジネスの停滞を懸念しているからではない。暴動発生など、社会の不安定化を恐れているのだ。

    格差拡大で連帯意識

     通常、経済低迷が長引くと、人々は精神的ゆとりを失い、社会階層間の流動性や人種的多様性への寛容さ、公平性といった善き社会モラルが損なわれる。しかし、ハーバード大学のベンジャミン・フリードマン教授の研究が示す通り、1930年代の大恐慌は唯一の例外で、成長と社会モラルの間の正の相関が崩れた。危機があまりに深刻で、法則が当てはまる閾値(しきいち)を超えたのである。

     当時、社会は極めて不安定化し、米国ですら全体主義や共産主義の懸念が高まった。20年代は経済格差が著しく拡大したが、大恐慌で人々に共同体的な紐帯(ちゅうたい)意識が広がり、30年代は所得再分配が見直されたのである。フランクリン・ルーズベルト大統領は、ニューディール政策として、困窮者の救済策など社会保障制度を整えるだけでなく、あらゆる階層の社会参加を促して、社会包摂的な政策を広げた。

     今回のパンデミックによる危機も、あらゆる所得階層の人々にダメージをもたらす。低所得の人々が健康的かつ衛生的な生活を手にしなければ、終息は遠い。90年代以降、経済格差は著しく広がったが、人々が再び社会的紐帯に強く目覚め、所得再分配が強化される可能性がある。各国で行われている現金給付がその先駆けになるのだろうか。

     国境の内側では連帯の求心力が働くが、国境の外側では、遠心力が働き、さらに分断が広がる恐れがある。例えば米中対立である。

     2018年3月に米国は、膨張する中国の経済覇権、技術覇権を抑えるべく、対中貿易戦争を開始した。米国の安全保障の専門家の中には、40年代後半以降に開始した「ソ連封じ込め」政策を意識する強硬派も少なくない。ただ、米中経済の相互依存関係は強く、自国への返り血を恐れ、昨年12月にトランプ大統領は第1段階の米中合意を受け入れた。

     その後、新型コロナウイルスを抑え込むため、我々は多大な経済コストを払い、国境を越える人々の往来を停止している。終息後も、中国との往来の停止を続ければ、中国封じ込めが可能になると主張する強硬派も出てくるだろう。機会費用という点で、経済的に多大なコストを払うことには変わりないが、ウイルスにより既に止まった往来を続けさえすれば、政治的には小さなコストで中国封じ込めが可能となる。政治の常だが、国内の連帯強化を狙い、排外主義が利用されるリスクもある。SNSが自らの好む情報ばかりを供給し、個人の趣向に合わせて情報を取捨選択する「フィルターバブル効果」が強まり、両国の分断をますます助長する。

     経済恐慌の研究で知られるマサチューセッツ工科大学(MIT)のチャールズ・キンドルバーガー教授(故人)は、なぜ30年代の世界大恐慌が深刻化したかについて、「覇権国不在説」を提唱していた。国際危機が生じれば、それ以前は覇権国の英国が事態収束を図るべく、「最後の貸手」としての機能を発揮した。しかし、30年代に英国は経済力低下で覇権国としての役割を果たすことができなかった。米国は、英国の経済規模を凌駕(りょうが)していたが、まだ覇権国になる意思を持っていなかった。

    (出所)編集部作成
    (出所)編集部作成

     パンデミック危機も経済危機も外部性不経済の問題であり、世界が協調して対応しなければ問題解決には遠い。しかし、30年代と同様、今回もリーダーシップと協調の不在で、問題解決は長引くだろう(図1)。ユーロ圏内でも遠心力が働くことが懸念される。歴史的には、永続する通貨同盟は存在しないが、果たしてユーロ解体を避けることができるだろうか。

    変容する資本主義

     危機の長期化で、人々の規範や行動様式が変容し、経済、社会の姿は大きく変わってくる。経済成長の時代は19世紀初頭に訪れたが、多くの経済制度は19世紀後半に整えられた。しかし、この30年間で、経済成長の時代は過ぎ去り、時代に適合しない制度が増えている。それ故、今回のパンデミック危機をきっかけに、資本主義の姿が大きく変わる可能性がある。

     例えば、IT技術の進展で、知識経済化が著しく進み、過去30年の間に、付加価値の源泉は、物的資本から無形資産にシフトした。無形資産の時代に対応できていないことが日本の過去30年余りの低迷の原因でもあるが、世界的にも不適合を生み出している。

     世界中の金融機関の融資が増えず、金融市場で過大なリスクテークが行われているのも、実はそのことが影響している。物的資本が付加価値を生み出す時代なら、それを担保に貸し出しを増やせばよかったが、無形資産投資は莫大(ばくだい)な資金を必要とせず、担保を取ることも難しい。パンデミック危機で、都市への集積が以前ほど進まなくなれば、担保としていた不動産の価値が失われる。伝統的な銀行業はますます存続が難しくなる。

     中央銀行が利下げをすれば設備投資が増えるというのも、物的資本の時代の発想だ。今や金利を下げると、企業が社債発行を増やし、自社株買いM&A(合併・買収)を行い株価ばかりが上昇する。資産効果で個人消費は刺激されているとはいえ、中央銀行が経済格差を助長しているのである。

    (注)ルイスの転換点とは、工業化の過程で農村部の過剰労働力が都市部に吸収されつくす時点 (出所)BNPパリバ証券作成
    (注)ルイスの転換点とは、工業化の過程で農村部の過剰労働力が都市部に吸収されつくす時点 (出所)BNPパリバ証券作成

     農業社会から工業社会への移行の過程で成長と不平等が進み、その後、不平等が縮小するというのが、米経済学者サイモン・クズネッツが提唱した理論だ。戦後、多くの国で、低下を続けていると信じられていた「クズネッツの逆U字曲線」が、90年代以降、再び上昇トレンドに入り、現在に至っている(図2)。

     その中央銀行の役割は今回のパンデミック危機で大きく変わる可能性がある。多額の現金給付など大規模な経済政策が繰り返されているが、いずれも中央銀行ファイナンスによるものだ。各国とも、公的債務が急膨張しており、国債市場の暴走を避け、財政の持続可能性を維持することが喫緊の課題になっている。中央銀行の主たる目的は、物価安定から金利安定にシフトする可能性が高い。

     中央銀行が設立されたのは、元々、戦費の円滑な調達のためだったが、元の役割に戻るということか。政府と中央銀行を統合したバランスシートの安定性が極めて重要になるため、政治的独立性の意味合いも大きく変わってくる。

    アイデアは誰のものに

     所得再分配が見直されると論じたが、経済格差の是正は、単に富裕層の税金が増え、社会保障などを通じて、低所得者に移転するという経路だけではないと筆者は考えている。

     近年の所得格差の原因は、アイデアの出し手に所得が集中していることが背景にある。物的資本が生み出す付加価値の帰属は明白だが、アイデアについては、社会制度に大きく依存し、必ずしも帰属先は明らかではない。

     技術進歩と経済成長の関係を明示した「内生的成長理論」を生み出したスタンフォード大学のポール・ローマー教授らが解明した通り、アイデアが特殊なのは、その非競合性にある。物的資本と異なって消費されず、同時に複数の人が利用できる。簡単に複製もできる。規模の経済が著しく働き、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)は巨万の富を築いた。

     しかし、アイデアは過去の他の人のものを基にしている場合が多い。我々は、新たなアイデアの創出を促すため、特許権や知財権で保護するが独占の弊害も表れている。GAFAが自らの技術を守るため、新興企業を買収し、新たなアイデアを葬り去るという暗黒面の行動も明らかになっている。

     米エール大学のE・グレン・ワイル客員教授が論じるように、プラットフォーマー(支配的基盤事業者)が用いるビッグデータは、利用者である我々一人一人の個人情報を基にしたものだ。法律を書き換え、我々の個人情報の利用に対価の支払いを義務付ければ、経済格差も抑えられ、人の顔をした公正な資本主義が可能となるであろう。

    (本誌初出 覇権国不在の世界 国境の内側では再分配復権 グローバル化の後退不可避=河野龍太郎 5/26)

    (河野龍太郎・BNPパリバ証券チーフエコノミスト)

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