教養・歴史コロナ危機の経済学

コロナに乗じた「選挙前の大盤振る舞い」財源措置なき政策論は無責任だ=寺島実郎

    高い技術力を持った企業が日本経済を支えてきた(Bloomberg)
    高い技術力を持った企業が日本経済を支えてきた(Bloomberg)

     ウイルスとの共生という視界──。新型コロナウイルスが、我々につきつけた教訓の一つだろう。

     政府の専門家会議の委員が、何も対策を講じなければ新型コロナの感染拡大に伴う死者が42万人に達すると言い、メディアがそれを浸透させた。その後政府は4月7日に、人との接触を8割削減することなどを要請し、緊急事態宣言を発令。コロナと「闘う」姿勢を見せた。そして、5月4日に期限を5月末までに延長した。この時、安倍首相は記者会見で「ウイルスの存在を前提としながら」と発言し、微妙に基本スタンスを変えた。

     地球が誕生して46億年、ウイルスなどの微生物の登場は30億年前、これに対してホモ・サピエンスは20万年前に過ぎない。ウイルスに比べたら、人類は新参者なのだ。

    死者42万人説への疑問

     米国の医療制度、格差と貧困、マイノリティーの置かれた現状を視界に入れれば、人口が約2倍の米国の死者が約9万人(5月16日現在)なのに、日本で42万人の死者が出るという見方の異様さに気づくはずである。

     日本の致死率約5%(同)というのも冷静にとらえなければならない。分母はあくまでも「感染者数」であり、PCR検査の対象が当初は37・5度以上の熱が4日以上続くような発症者に限られ、感染者は約1万6000人というが、抗体検査の数字を見ると、実際にはその10倍以上とも言われる。仮に10倍なら致死率は0・5%に過ぎない。恐れるに足りないと、言いたいのではない。現実の数字を相対化して理性で行動する必要があるということだ。

     新型コロナは、感染力は強いが弱毒性というのが特徴で、「バイオ・セーフティー・レベル(BSL)─3」と言われている。さらに危険度が高く、致死率7割とも言われるエボラ出血熱のような「BSL─4」レベルも存在し、これらのウイルスにも対応できるような体制を国内に整備することが必要だ。

     もう一つコロナがつきつけたのが、ウイルス対応の財源の問題だ。今、新型コロナ感染拡大によって、世界では「ハイパー・ケインズ主義」とも言われるような、財政と金融政策が総動員されている。海外では日本よりも強力な自宅待機命令が出され、経済がまひ状態にある中、財政と金融政策でどうにかしのごうというものだ。

     米国も例外ではない。ただ、日本との違いは、コロナ前の実体経済が好調だった時期に米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げを段階的に実施し、金融政策を柔軟にとれるようにしていた点だ。日本はすでにマイナス金利で、追加策を講じにくい状態で、かつ政府の累積債務は対国内総生産(GDP)比で230%に達している。ところが、緊急事態だからと、次の選挙を意識してか、与野党がそろって大盤振る舞いしようとしている。

     国民1人に10万円を給付するのに、12兆円以上の財源が必要になる。赤字国債でまかなうということは、それは後代負担、つまり、子供や孫の世代への付け回しだ。企業への休業補償や失業対策など今後も数十兆円規模の財政政策がとられるだろう。しかし、財源措置なき政策論など無責任だ。

     例えば、無利子国債の発行による調達方法などが考えられる。利子がつかない代わりに相続税を減免するなどの特典をつける「コロナ債」と呼んでもいい。日本の未来のために、国民から広く募る発想だ。コロナ問題に対して、誰が責任をもって前に進むのか、後代負担とならないようにする議論が起きなければならないはずだ。

     コロナは、東アジア情勢を大きく変えたことも見逃してはいけない。半年前の香港の民主化運動を中国政府が抑え込む動きに、台湾の警戒感が強まっていた。そうした中で、蔡英文氏が総統選で再選(1月)を果たし、コロナの早期封じ込めにも成功した。中国の強権的な対策よりも、世界保健機関にさえ加盟できない台湾が情報を公開し、透明でフェアな対策が有効ではないかとの見方が世界に広まった。存在感を高める台湾は、いま脱中国の動きさえ見せる。

     また、韓国では4月の総選挙で、文在寅政権側の与党が圧勝。中国との関係も悪くない文政権は、在韓米軍の費用負担を4倍に引き上げることを要請している米国に強気で出る可能性がある。北朝鮮が中国周辺国として生き延びようとし、北の脅威も薄らいだ文政権は、中国に接近して在韓米軍の縮小や撤退も辞さない姿勢で交渉に臨む可能性も出てくる。

     米国の大統領選もコロナと経済動向に大きく左右されるだろう。いまの米国は第一次大戦後に似ていると思う。戦後の平和・国際秩序の形成に向けウィルソン米大統領が国際連盟の創設を提起しておきながら、米国自身が加盟しなかった。第一次大戦後の平和ビジョンを持っていたウィルソン大統領に米国民がついていかなかったのだ。米国ファーストを貫き、その後ヒトラーをはじめとしたファシズムの台頭を許してしまった。

     世界はリーダーなき時代だ。丸テーブルでそれぞれが持論を主張しあう全員参加型秩序の時代である。そうしたなかで、求められるのは、筋道だった議論とその正当性だ。台湾の脱中国、韓国の脱米国という動きの中で、米国への過剰依存、期待を続ける日本はどうするのか。さらに、核の被爆国である日本がなぜ、核兵器禁止条約を批准しないのかという問いかけにどう答えるのか。

    生身の人間に立ち返れ

     重要性が増すアジアで、日本はどう存在感を高めるのか。高い工業技術力を持つ自由な民主国家として、尊敬される国でいられるか。大きな岐路に立たされている。

     その上で、重要になってくるのが、日本自身の実体経済の立て直しだ。過度に金融に依存した経済の是正が急務だ。

     日本医師会総合政策研究機構の協力を得て、私が率いる日本総合研究所が「医療崩壊を防ぐ緊急ファクト調査」を実施したところ、マスクの約80%を輸入に頼り、医療従事者が使う防護具セットなど医療関連財の大半を海外に依存していることが確認された。コロナが国内の自給体制の脆弱(ぜいじゃく)さを浮き彫りにした。そこで、マスクや防護具、人工呼吸器などの医療物資を、産業力を結集して供給する緊急提言をした。

     ここまでどうにか、日本が持ちこたえている大きな要因として、コンビニや食品スーパーから食料品が十分に供給されていることを忘れてはいけない。さらにいえば、食料自給率37%(カロリーベース)という恐るべき状況を早急に改善させなければならない。特に東京都は1%、神奈川県は2%と、日本の中心部がほぼ外部に食料を依存する異常な状態にある。

     デジタル化の推進が声高に叫ばれてきたが、リアルとの融合が不可欠なことをコロナが知らしめた。リアルな世界が持ちこたえているから実体経済が成り立っている。生身の人間に立ち返って、日本再生に向け政策を組み立てないといけない。

    (本誌初出 産業 金融依存の経済、是正が急務 高い工業技術力の再構築を=寺島実郎 6/2)

    (寺島実郎・日本総合研究所会長)

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