『夢の正体 夜の旅を科学する』 評者・池内了
著者 アリス・ロブ(ジャーナリスト) 訳者 川添節子 早川書房 2300円
夢の中を自覚する「明晰夢」 現実生活の難題克服に活用
本書を読んだ人は、読む前と比べて、睡眠中の夢に対する見方が変わるのではないかと思う。私がちょっぴりそうであるからだ。
いつものように床に就く。やがて夢がいつの間にか睡眠空間を占領し、無意識が引き起こす途方もない物語に巻き込まれていく。夢の中で一言も発することができないまま突然目覚め、その内容はほとんど忘れている、そんな毎夜の繰り返しであったのが、本書を読み「明晰夢(めいせきむ)」を知ったことで、夢の情景に変化が生じたのである。
明晰夢とは、眠りながら自分が夢を見ていることを自覚している状態のことである。眠りに入るや、「あ、今自分は夢を見ているな」と夢の中で自らに語りかけている自分を発見するのだ。いわば、もう一人の自分の目で、自分自身が演じる夢舞台を客観的に見ているようなもので、不思議に夢の中でも自由に語ることができるのである。そしてこの夢は大事だから覚えておこうと夢の中で思うと、目が覚めた後も不思議に鮮明に覚えていて、夢を細部まで記録することもできるようになるらしい。
このように明晰夢を見ることを常習化させるためにはスキルを習得しなければならない。私は明晰夢を見るほんの初心者で、まだその技術を身につけていないが、夢の中で時折これは夢だと意識できるようにはなった。
著者によれば、この状態は明晰夢体験の第1段階で、さらに訓練すれば夢の内容を思うままにコントロールできるようになるらしい。それによって、明晰夢を利用してトラウマとなっていた悲しみや別離の痛みを克服したり、実生活で抱える難題を夢の中で予行演習しておいて、現実生活において問題を回避したり解決の手を打ったりすることも可能になるという。
人生の3分の1を占める睡眠に伴う夢の、人間が生きていく上での効用は二つ。一つは、日常生活をスムーズにするために、心配事や心に負担となることを雑多な夢に紛らわせてガス抜きをすることである。何となく分かる。もう一つは、新しい経験や情報を取捨選択して長期記憶に保存しておき、現実の世界で同様な事態が起こっても慌てずに済むことだ。さらに、明晰夢を積極的に利用できるようになれば、夢の効用が増し、心身の問題をすっきり解決することができるであろう。
明晰夢を確実に見るためには、起きている時から夢について考え、見た夢の日記を付けることらしい。さっそく試されてはどうだろうか。
(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)
Alice Robb オックスフォード大学で考古学、人類学を学び、卒業後、『ニュー・リパブリック』のライターを経て、『ワシントン・ポスト』や『エル』などに執筆。初の著書となる本書は16言語に翻訳されている。