アメリカ ブーム再過熱、オバマ夫人自伝の政治的意味=冷泉彰彦
アメリカの前ファーストレディーであるミシェル・オバマ夫人の“BECOMING”(邦題『マイ・ストーリー』)は、2018年11月に発売されると世界的なヒットとなった。英BBCによれば、19年3月には販売部数は1000万部を超えた。
本書は、米国の政治史ファンや、オバマ夫妻のファンに売れただけでなく、女性にとっての自己啓発本としても売れた。そのために、本書の中の「名文句」をちりばめたいわば自分探しの日記帳が発刊され、同じようにベストセラーになっている。本書も、その日記帳バージョンも、歳末や誕生日向けのギフト商品として、書店だけでなく、全国チェーンの量販店でもよく売れた。
さすがに売れ行きが一巡したと思われた『マイ・ストーリー』だが、ここへ来て、改めてベストセラー上位に戻ってきている。アマゾンの「最も売れた本」ランキングでは、ノンフィクションの2位になっているし、紙版全書籍の中で5位というから立派なカムバックである。
直接の契機としては、5月上旬に本書の「映画版」がNetflixから配信開始となり、多くの視聴者を集めたことが、新たな読者を呼び込んだと言える。この映画版は、本書の刊行直後に著者が行ったサイン会の全国ツアーに同行取材した映像がふんだんに使われており、市井の人々と誠実にコミュニケーションを取る著者の姿勢が感動を呼んだ。この映画版のヒット、そして本書のブーム再過熱を受けて全米では「ミシェル・オバマ氏を大統領に」という待望論も湧き上がっている。
出馬については、本人はむろん否定している。だが、コロナ危機への対策で迷走するトランプ政権への怒りを抱える中で、民主党支持者の心情は鬱屈している。それがオバマ時代へのノスタルジーへ、そしてミシェル夫人への待望論になっているのは間違いない。
そう考えると、今回、本書のブームが再燃していることは極めて政治的な動きであるとも言える。バイデン候補をミシェル夫人が力強く支持すれば、事実上の統一候補としては追い風となる。だが、その半面でミシェル夫人への待望論が収まらないようだと、バイデン氏の求心力にはマイナスとなるからだ。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。