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「国賓としての習近平来日」になぜ日本政府はこだわっているのか=立沢賢一(元HSBC証券会社社長、京都橘大学客員教授、実業家)
世界情勢を理解する最も簡単な方法とは?
その答えは世界情勢の勢力均衡を把握することです。
日本政府の対中国政策を理解するには世界情勢の大局が頭に入っている必要がありますので、詳細を以下の通り歴史を紐解きながらご説明致します。
米国vsソ連「冷戦時代」
1945年、第2次世界大戦が終戦しました。
第1次世界大戦、第2次世界大戦共に勝利したにも拘らず多額のポンド建て対外債務を抱え込むことになり英国の覇権は終了しました。その直後の1947年から戦勝国同士の米ソの冷戦が始まりました。これが、米国とソ連の覇権争いです。
戦後1つ目の勢力均衡は米国とソ連です。米ソ覇権争いを背景に以下の代理戦争が勃発しました。
(1) 1950年6月から1953年7月までの朝鮮戦争は未だ休戦状態ですが、北緯38度線を境に米国が支援する大韓民国と、ソ連と中国が支援する北朝鮮との戦いでした。
(2) 1960年から1975年まで続き泥沼に突入したベトナム戦争は、米国が支援する南ベトナムと、ソ連と中国が支援する北ベトナムとの戦いでした。
(3)1979年に始まったアフガン内戦は、ソ連が支援するアフガニスタン民主共和国と、米国が支援するムジャヘディン(聖戦士)との戦いでした。因みにムジャヘディン(聖戦士)からタリバンが生まれ、後のアルカイダなどのイスラム過激派テロリスト集団となりました。
そして1991年12月25日にソ連が崩壊し、米国とソ連の覇権争いは終了しました。
2大スーパーパワーの1つが崩壊しましたので、1992年からは米国一極時代の到来となりました。
米国一極時代
戦後2つ目の勢力均衡は米国一極です。
2人の大統領が米国一極時代を歩みました。
(1) クリントンが大統領だった1992~2000年にはIT革命が起こり、アメリカは経済でも一人勝ちの時期でした。
(2) ブッシュジュニアが大統領だった2001~2008年には、クリントン時代とは一転し、ITバブルが弾け、経済的に暗黒の時代が訪れました。
大統領支持率は2001年9月の同時多発テロ時の90%から2008年2月には19%まで低下しブッシュジュニアは史上最も支持率の低い大統領になってしまいました。
また、ブッシュジュニア 時代、2001年9月11日に同時多発テロ事件が起こりアフガン侵攻、タリバンを打倒しアルカイダを壊滅させました。
2003年3月イラク戦争勃発。表向きにはイラクの化学兵器保有が理由でしたが、それはでっち上げで、真の理由は米国の石油利権確保の為でした。
2008年リーマンショックが起こり、100年に1度の大不況に陥りました。
この時GDP世界第3位で2年後に日本を抜いた中国が4兆元(57兆円相当)の財政出動をし世界経済を支えました。これで、「アメリカ一極時代」は終わりました。
1980年にはGDPが限りなくゼロの中国にそもそも経済力を付けさせ、責任を持たせ、WTOなどの枠組みの中でコントロールすれば、将来的には中国は民主化を計るであろうと欧米は期待していました。それ故、クリントン、オバマ政権は中国を経済的にも軍事技術的にも支援を供与しました。知的財産権などに関しても中国側がわきまえると思っていたのも事実です。つまり欧米は自らの願望により見通しを誤ってしまったのです。中国がいつかは欧米と同じような価値観を有する国になると思っていたのです。欧州も日本も米国も皆、それに騙され気が付けば、米国の覇権に挑戦する野心を持ってしまったのです。そのような怪物を産んでしまったのは実は欧米と日本だったのです。
米中覇権戦争へ
2008年からのリーマン・ショックで米国は経済的に沈みましたが、中国はリーマン・ショックでは蚊帳の外でしたから、国内経済はマイナス効果を受けませんでした。そこで世界に2つ目の超大国が出現することになったのです。
戦後3つ目の勢力均衡は米国と中国の2極が世界に存在する時代です。
2015年3月にオバマ政権時代の米国政府を震撼させる事件が起きました。
それはAIIB(アジアインフラ開発銀行)事件です。米国の再三の要請にも拘らず、英国が中国主導のAIIBに参加したのです。英国が参加するや否やドミノ倒しのようにフランス、ドイツ、イタリア、オーストラリア、韓国などの米国同盟国が続々とAIIBに参加表明しました。これにより、米国は自らの覇権が以前のように世界で存在していないことに初めて気付いたのでした。
中国の経済的、軍事的台頭は、過去の歴史の例の比にならない程、急激で大きな変化でした。
単にGDPだけでなく、AI、ビッグデータ時代のテクノロジーにおいては米国からの知財を盗用したとも言われていますが、あらゆる分野で米国を凌駕しかねないレベルにまで到達しました。
鄧小平から胡錦涛政権まで経済的、軍事的に強大化しながらも国際社会の警戒心を呼び起こさないように韜光養晦(とうこうようかい)で賢く欧米との外交関係を維持してきました。
ところが、習近平国家主席は2017年10月18日の中国共産党第19回全国代表大会において、中国型統治モデルは欧米型民主主義より優れているとした上で科学技術テクノロジーに精力を傾注し、2049年までに米国を抜き、世界覇権国家になるという意図を宣言してしまいました。これが眠っていた米国の生存本能を刺激してしまったのです。そして、米中二極時代10年目にあたる2018年、米中覇権戦争が始まりました。
まとめますと、米ソ冷戦時代に発生したほとんどすべての事象は、米ソ対立絡みでした。そして米国一極主義が終焉した後、中国が覇権挑戦国として台頭して以来、私たちの周りで起きている多くの経済的政治的事象は米国と中国の覇権争いに関連しているのです。
実際に、米中覇権戦争には次のような側面があります。
(1) 情報戦
中国がウイグル人100万人を強制収容し、彼らを殺害して臓器売買を行っているというウイグル問題や武漢にウイルスを持ち込んだのは米軍だと主張する情報戦
(2) 経済戦
金額的には米国が圧倒的に有利に展開している米中関税引き上げ合戦という経済戦
(3) ファーウェイの排除を目的としたIT戦
現在の4Gでも世界の移動通信基地の約40%を中国のZTE、ファーウェイの2社が占めており、更にアメリカの約15倍に当たる35万の5G基地局をすでに設置し、今や米国の約2倍の数のスーパーコンピューターを保有しています。
このことによって、世界の約半分の情報のやりとりが、中国共産党の息のかかった企業を通して行われることになる計算です。米国がファーウェイを5Gから排除しようとしていますがイギリスやドイツなどの米国同盟国すらファーウェイを採用すると表明し、同盟国内で足並みが揃っていないのが現状です。
中国による欧米の分断戦略が功を奏している分野です。
(3) サイバー空間戦
中国共産党は急速に軍のサイバー人材を増やし続けており、中国のサイバー部隊は約13万人で、アメリカの約22倍のサイバー部隊を抱えています。
(4) 代理戦争的戦い
香港デモや中国からの侵攻を食い止めるための台湾や南北朝鮮への干渉などが挙げられます。
(5)金融戦
米国が中国企業を米国資本市場から追い出したり、米ドルを使った貿易決済を制限する可能性は米国が本気になれば実行可能です。
日本政府の過去の失敗、米国との関係性悪化の懸念
この勢力均衡を認識して、世界情勢を見ると大局が理解しやすくなります。
日本政府は米中覇権戦争が起こった2018年から中国に接近しつつあります。
延期になりましたが習近平国家主席の国賓としての日本訪問を日本政府が推進しているのはその現象の一つでしょう。日本は日米安保条約で守られつつ、同盟国である米国が敵と認定し、開戦した中国とも親密になろうとしているのです。
世界における生存競争では自国で攻撃力及び防衛力を保有するか、勝ち馬に乗るのが鉄則です。現段階では米国の戦場で戦う事を中国は余儀なくされてますので、勝算は米国にあります。
そのような状況下、あまりに中国への忖度が酷いと、日本はそれを理由に近未来、米国から裏切り者国家としての烙印を押されてしまうリスクは否定出来ません。
日本政府は、過去に勝ち馬に乗り損ねた経験があります。
第2次世界大戦時の1940年9月、当初は同盟国ではありませんでしたが日本はその後の敗戦国ドイツと軍事同盟を締結しました。
当時、ドイツはヒトラー総統のリーダーシップの下、飛ぶ鳥を落とす勢いでヨーロッパを西へ侵攻し続けていました。それは僅か1日でフランスも降参する程の力でした。
そして英国もほぼ陥落寸前まで追い込まれ、米国の参戦がなければ英国はドイツに白旗を上げるところでした。ところがスーパーパワー米国の参戦により結局、ドイツも日本も敗戦国になってしまったのです。
米中覇権戦争の行末は未だ予測不能ですが、勢力均衡の図式を把握する習慣を身に付ければ、世界の大局をより適切に掴むことができるようになると思います。
立沢賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資家サロンで優秀な投資家を多数育成している。
YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCgflC7hIggSJnEZH4FMTxGQ/