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週刊エコノミスト Online コレキヨ

小説 高橋是清 第96話 日本海海戦=板谷敏彦

(前号まで)

 奉天会戦で勝利するものの露軍の包囲殲滅(せんめつ)に失敗、金も兵も尽きた日本政府は講和を模索し始める。バルチック艦隊を放ったロシア皇帝ニコライ2世には降伏する気などない。

 明治38(1905)年4月、第3回の公債募集が終了すると日本公債の価格が下落し始めた。

 ロンドンにいた是清は、今回の募集が3000万ポンドという巨額だったために募集後の市場にだぶつき感が出たこと、またロシアのバルチック艦隊がシンガポールを通過したというニュースの影響もあるのだろうと理解していた。

 そんな是清のところに、パンミュール・ゴードン商会のコッホがクレームにやってきた。

「ロイター電によると、日本政府は、我々が買った先の4・5%の第3回日本公債よりも有利なクーポン6%の内国債を日本で発行すると伝えている。高橋さん、日本政府は一体どうなっているのか?」

 この内国債とは第5回国庫債券のことだった。開戦当初の内国債のクーポンは5%、一方で外国債は6%と国際的な信用が低い分、外国向けのクーポンが高かった。ところが開戦1年が経過したこの時期、戦況の有利さから海外のクーポンが4・5%まで低下したにもかかわらず、国内の投資家は度重なる国債発行に投資資金も限界に近づき、もはや6%の高クーポンをつけなければ買わなくなっていたのである。

 外国では低い利回り、国内には高い利回りでは外国人投資家は納得しない。

「ロンドンの募集からわずか10日ほどで、こんなことをされたら、我々業者の信用はガタガタになってしまう。すぐに中止させてくれ」と、すごい剣幕だった。

 是清は本国大蔵省に中止を要請するも、これは以前から日本国内の銀行団と内約していた発行であって、外国人に販売する枠は設けないから、何とか説得しろとの返事だった。そしてそこには説得できるまで帰ってくるなとの付記もついていた。

 是清は各方面に頭を下げて、今回限りということで、何とか日本の国内事情を理解してもらえたのだった。もう国内に戦費に回す金はなく金利は高い。

「我が艦隊は大勝利を得た」

 4月21日、是清と深井はロンドンを出発してニューヨークへと向かった。公債発行で集めた米国分の資金の処置のためだが、是清たちにすれば日本への帰国の途中のつもりである。何しろ今年の戦費分は集めてしまったのだから。巨額の資金は米国の信託銀行に分散して預託しておいた。 

 信託銀行を選んだのは、信託は普通銀行の預金よりも利率が良いためであり、また募集の時に力を貸してくれたウォール街の金融業者たちへのビジネス上のお返しの意味もあった。

「深井君、大方の用事も済んだことだし、そろそろ日本へ帰ろう。電報を打ってくれ」

 深井が松尾臣善(しげよし)日銀総裁宛、帰国伺いの電報を打つと翌日さっそく返信がきた。

「申し出の事情は委細承知した。しかし米国で巨額の資金を調達し、これをロンドンへと回送する仕事も残されているので、責任のある者をおいておく必要もある。

 また目下、財政上考慮中のこともあり、直ちに貴君を煩わせることになるかもしれない。そのため7月初めまでは現地にいるように」

 是清は電文を読み終えると、深井に言った。

「深井君、財政上考慮中とは何だ。軍資金はもう1年分十分に調達したところではないか。この電文では、まるでもう一度公債発行が必要だと言わんばかりじゃないか」

 深井も同意だった。怪訝(けげん)な気持ちだった。

 是清は深井に今から言うことを電文にして返事とせよと言うと、きつい言葉で不満をぶちまけた。

 深井は自分の役割を心得ている。是清のきつい言葉を緩和して本国への返事とした。

「当方もはややるべき業務無し。それでも米国にいろというのであれば、当地金融街はすでに休暇の季節です、私も休暇をもらいボストンへでも行ってきます」

 5月24日、留守番役の深井をニューヨークに残して、是清はボストンへと旅だった。

    *     *     *

 ちょうどこの頃、バルチック艦隊は東経123度、北緯31度11分の地点で進行を止めて石炭を補給していた。軍艦の燃料が重油に変わるのはこの10年後の話である。

 この場所は揚子江が東シナ海に注ぐ地点、上海の沖合である。東北東に進路をとれば対馬海峡まで直線で700キロしかない。

 この艦隊は、当時山のようにも見えた戦艦が8隻、その他旧式が混じるとはいえ大型の巡洋艦クラスが12隻、その他入れて計38隻、巨大な鉄の塊が群れる姿は見る者を畏怖(いふ)させる存在だった。

 当時日本国民がヒステリックなまでに恐れていたこの艦隊は、新聞紙上で連日その居場所が取り沙汰されていたが、14日にベトナム沖を出発、19日にルソン海峡を通ったという情報以降、日本では行方不明になっていた。

「対馬海峡を通るか」はたまた「太平洋を回るのか」、海軍内部でも論争が絶えなかった頃である。

 5月27日、午前4時45分、五島列島沖を航走するバルチック艦隊を信濃丸が発見、日本海海戦の幕開けである。

 米国東海岸時間29日、深井に呼び戻されてニューヨークに帰っていた是清は松尾日銀総裁から電報を受け取った。

「一昨日午後より対馬海峡にて大海戦あり、我が艦隊は大勝利を得た」

 ニューヨークでは号外が配布され細かい情報も新聞を通じて入ってきていた、我が国の連合艦隊はバルチック艦隊を撃滅したのである。

 弱く見える者を応援するアメリカ人気質、アンダードッグもある。また3月に発行した日本の公債を買った投資家も大勢いた。投資家は自分に有利な情報は大歓迎である。マンハッタンでは勝利を祝して日章旗を掲げる家も多く、この時日本人はちょっとした人気者だった。

 ただし、アンダードッグによる応援には限界がある。強くなれば嫌われるのだ。ましてや自分に挑戦してくる者など徹底的に排除する。

 3月のことだが、奉天会戦の勝利の中、カリフォルニア州の議会がワシントンの連邦議会で日本移民制限の処置を提案することを決議した。

 また米国下院の一委員会の委員長が、アメリカは何時なりと日本に矛先を向けえるよう、その艦隊を増強せねばならないと公言していた。

 そうした中での完膚なきまでのバルチック艦隊撃滅である。日本海軍は、この勝利によって今や米国艦隊と太平洋を挟んで対峙(たいじ)する存在になり始めたのだった。ロシアに同情する者も現れ始めた。

さらなる資金の要請

 31日、再び松尾日銀総裁から入電があった。

「今度の対馬海戦は敵艦隊を撃滅せしめ、ロゼストウェンスキー、ネボガトフ、エンクエスト3提督を捕虜とした。この戦捷(せんしょう)を機とし、整理公債3億円、あるいはそれ以上を英米において募集することはできざるや?」

 是清のいやな予感は当たってしまった。だがつい先月、政府の要求より多くの金額、3億円の公債を発行したばかりではないか。どうしてまた必要なのか?

(挿絵・菊池倫之)

(題字・今泉岐葉)

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