教養・歴史書評

『国際関係から学ぶゲーム理論 国際協力を実現するために』 評者・井堀利宏

著者 岡田章(一橋大学名誉教授) 有斐閣 2300円

合意形成、信頼醸成に向け有効なルール作りを考察

 世界中で深刻化するコロナ危機に限らず、地球温暖化対応や難民問題などグローバルな危機に対処するには、有効な国際協力が必要である。

 本書はゲーム理論の大家である著者が、国際社会における人間や国家のさまざまな行動と国際協力のメカニズムをゲームの数値例で解説した啓蒙(けいもう)書である。経済学部の学生に向けたゲーム理論の入門書としてだけでなく、国際協力に関心のある一般読者や国際機関の実務者など、より幅広い読者の参照文献としても有益である。

 有効な国際協力には、(1)利益とコストについての共通認識、(2)問題の解決方法、手段、結果についての合意形成、(3)合意を順守する枠組みの構築、(4)当事者の自発的参加──という4条件が課題となる。本書はこうした条件を満たす理論的なルール作りが可能かどうかを検討する。

 世界には約200国、77億人が住んでいるため、利害対立も複雑であり、他国の貢献にただ乗りする誘因がある。多人数囚人のジレンマ(協力したほうが好結果になるのに、非協力者に利益が出そうでできない状態)のゲームが示すように、環境汚染や軍拡競争という悪い状況を回避するのは困難である。

 こうした地球規模の問題に対処するには、2国間の協力に加えて、多国間の協力が不可欠である。「コア」(ゲーム理論における代表的な解の概念)を用いると、紛争発生のメカニズムや集団形成における利害対立を克服する多国間協力を、ゲーム理論の事例として分析できる。さらに、国際貢献ボランティアの人数が増加すると、人々の合理的行動の結果として、レベルの高い国際協力が均衡として生じることも示せる。

 本書は、地球環境問題や自由貿易交渉など具体的な国際協力のあり方について、違反国に対する罰則(トリガー戦略)を活用する望ましいルール作りを提示している。また、経済実験データに基づき、現実の人間は利己的な選好だけに終始するわけではなく他人の利益にも関心を示す社会的選好も持っており、公平性や信頼が国際協力では不可欠であると指摘する。

 なお、現実の国家にはさまざまな利害関係者が存在しており、一国の利得も本書の数値例のように単純には決まらない。それでも公平性や信頼性を醸成することは、一国内での利害対立を克服する際にも重要だろう。本書で紹介されたゲーム理論による「ものの見方と考え方」は、国際関係論に新鮮な視点を与えてくれる。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 おかだ・あきら 東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻博士課程修了。京都大学経済研究所教授等を経て現職。専門はゲーム理論、理論経済学。著書に『経済学・経営学のための数学』『ゲーム理論・入門』など。

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