週刊エコノミスト Online狂った米国、中国の暴走

米中覇権戦争のカギを握るのは「ローマ的寛容」=野口悠紀雄(一橋大学名誉教授)

    Interview 野口悠紀雄(一橋大学名誉教授)

    コロナの封じ込めで存在感を高めた中国。その手に覇権を握ることはあり得るのか。野口悠紀雄氏に聞いた。

    (聞き手=加藤結花・編集部)

    ―― 世界経済で中国の存在感が増している。

    ■中国の国内総生産(GDP)は2040年ごろに米国を抜いて世界一となる見通しで、中国の影響力がより一層強まっていくのは確実だ。将来的には軍事力でも米国を上回る可能性もあり、そうなれば米国の「一極優位」の時代が終わり、米中二つの国が対立する世界が訪れる。この対立は、単なる二つの国の対立ではなく、米国が持つ「ローマ的寛容」と中国の「非寛容」との対立といえる。

    米国は古代ローマの「寛容」を受け継いで覇権国に(Bloomberg)
    米国は古代ローマの「寛容」を受け継いで覇権国に(Bloomberg)

    ―― 「ローマ的寛容」と「非寛容」とは。

    ■寛容が国家を強くした代表例が古代ローマだ。異民族を属国として支配するのではなく属州の住民のために善政を行い統治して黄金時代を築いた。米国はこのローマ的寛容を引き継いだ。

     米国の法学者エイミー・チュアは著書『最強国の条件』(講談社)の中で、米国が経済、軍事、テクノロジーの各分野で圧倒的な優位を築くことに成功した理由を、「世界で最も寛容な国であったことが大きい」と分析している。「寛容」とは他民族を受け入れることで、米国はさまざまな外国人を国民と認めて覇権国の地位についた。

     米国のIT企業の経営者を見ても、南アフリカ出身のイーロン・マスク(テスラCEO)、モスクワからの移民の子であるセルゲイ・ブリン(グーグル共同創業者)など、世界の優秀な人材を受け入れることで米国が発展してきたことが分かる。

     一方、中国はゴビ砂漠から南シナ海に至るさまざまな人種の集団を儒教と道教、天子思想などの中国文明によって同化し、漢民族という概念で統一した。移民については、中国の国民とすることはなく、漢民族の優位性を信奉してきた。ここが米国との違いで、チュアは「非寛容」と指摘している。

    データ活用で中国に「利」

    ―― 覇権国の条件とは。

    ■「他民族を受け入れる寛容性こそが覇権国とって最も重要な条件だ」というチュアに、私も同意する。寛容性を持った国家の自由な経済、民主主義によってこそ社会は発展を遂げてきた。

     しかし、昨今はこれまでの覇権国家とは異なる社会体制の中国が驚くべきスピードで成長を遂げている。特に、近年重要性が増している人工知能(AI)とビッグデータの分野では、自由主義諸国に個人情報保護の制約がある一方、制約なくビッグデータを集めることができ、国と企業が共同的に技術開発を行う中国に利がある可能性も高い。

    ―― 中国が覇権を握る可能性は。

    ■経済や軍事力が強大化することと、覇権を握ることは同義ではない。覇権を握るというのは人々がその国家のシステムに合意して「正しい」と認めること。いくら経済が成長したところで、言論が封殺され個人のプライバシーが侵害されるシステムが「正しい」とは少なくとも私は認めることができない。

     ただし、今回の新型コロナウイルスの問題では、中国という強い国家権力を持った国の成功例を見た。1000万人都市の武漢を完全封鎖するという対応は、個人の自由を尊重する自由主義国家ではできなかった。また、国家権力だけでなく、ビッグデータの活用においても中国に利がある。中国が進めているAIを使用した個人の信用スコアリングは個人の自由に対する重大な権利侵害だが、経済全体の効率化の観点からは望ましい部分もある。

     分権的で自由な社会と、集権的で管理された社会、どちらを作るべきか答えを出すのは難しい。

     ただ、中国の発展は、これまで私たちが信じてきた民主主義や自由経済の理念の正しさを根本から揺るがしたことは事実だ。それは、望ましい社会のあり方について私たちに問いかけている。

    (本誌初出 揺らぐ「覇権の条件」 「“寛容”を欠く中国は認められない。 一方で、信じてきた民主主義も揺れている」=野口悠紀雄 2020・6・24)

    のぐち・ゆきお

    1940年東京生まれ。63年東京大学工学部を卒業、64年大蔵省入省。72年エール大学経済学博士号。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学ファイナンス研究科教授などを歴任。近著に『中国が世界を攪乱する AI・コロナ・デジタル人民元』。

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