マーケット・金融 勝つための情報リテラシー
日本人が知らないうちに中国が国際機関を支配する可能性について=立沢賢一(元HSBC証券会社社長、京都橘大学客員教授、実業家)
新型コロナウイルス発生直後から、WHOの動きは不可解でした。今ではWHOと中国との蜜月関係はかなり周知の事実となりましたが、正直申し上げて、米国が完全に油断している隙に、中国がWHOを自らの支配下に収めてしまったと言えるのです。
中国による国際機関支配とも言うべき現象は決してWHOに限りません。以下、中国が傀儡(かいらい)化している国際機関について及び、中国が国際社会に於いてどのようなスタンスで国際法に向き合っているのか、そして日本の立ち位置を説明します。
中国人がトップの国際機関が4つも
現在、15ある国連の専門機関のうち、中国傀儡の世界保健機関(WHO)以外に、国連食糧農業機関(FAO)、国連工業開発機関(UNIDO)、国際電気通信連合(ITU)、国際民間航空機関(ICAO)の4つの機関で中国人がトップを務めています。
そもそも国際機関の役割はルールに基づいて各国の利害を調整し、国際社会の利益をはかることなのですが、最近では中国出身のトップによる自国の利益をむき出しにした言動や自国の意向が優先される事例が大変目立っています。つまり、中国は自国民を国際機関のトップに据えることで、国際機関を足場に明らかに自国に有利なルール作りや情報発信をしているのです。
中国出身の国際機関トップの発言に見る自国第一主義
2019年6月に行われた第一回国連食糧農業機関(FAO)の事務局長選では中国の屈冬玉が投票で191票中108票を獲得し、圧勝しました。その裏では、中国はFAO事務局長候補から撤退するカメルーンに対して、同国の債務の帳消しを決定したり、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイに対しては、中国代表を支持しなければ、輸出を停止すると脅迫していました。
国連工業開発機関(UNIDO) の李勇事務局長(中国元財務次官)は「一帯一路」の推進のためUNIDOの経済支援プロジェクトをあからさまに利用してきました。
民間航空の安全運航などを目指す国際民間航空機関(ICAO) 柳芳事務局長は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、台湾を世界保健機関(WHO)から排除していることに批判的な見解を投稿した米研究者らのツイッターのアカウントをブロックし、物議を醸し出しました。ICAOでは中国人がトップに就いた後、台湾の総会参加を認めていません。
感染症対策や航空の安全はすべての国と地域が情報を共有してこそ効果を上げられるもので、台湾は国連に加盟していないですが、議論の場から排除すべきではないという意見も出ていました。しかし、そのような主張に中国の対応は一切ありませんでした。
国際電気通信連合(ITU)では、中国出身の趙厚麟事務局長が、公正性を欠くような中国の巨大経済圏構想「一帯一路」との連携を主張しています。また、中国の通信大手、華為技術(ファーウェイ)を米国の批判から擁護する発言もしています。
中国の国連通常予算分担率は昨年、米国に次ぐ2位となった一方で、トランプ米政権は国連機関への拠出を停止・削減するなど、距離を置いています。これにより国際協調による平和を目指す国連の理念が損なわれるのではないかという懸念の声が露呈しているのです。
そもそも、国際機関には高い中立性と責任が求められ、法の支配や客観的裁量に基づいて各国の利害を調整し、国際社会の公益を追求しなければならない使命があります。ところが、国際機関のトップに中国人が選任されることで、本来果たすべき使命を果たせなくなってしまっているのです。
国連は一国一票制が原則です。中国は一帯一路の参加国などを中心に、各専門機関の事務局長選挙の際、チャイナマネーを駆使してできるだけ多くの票を集め、国連での存在感をさらに高めていくという戦略を取っています。
これは、第二次世界大戦戦勝国の中核である米国が策定したルールの中でも、中国は、自国の立場に有利になるようなゲーム展開をしようとしているのだと言えるのです。
新型コロナショック禍の2020年3月4日に、特許や商標の保護を促進する国連の専門機関、世界知的所有権機関(WIPO)の事務局長選挙が行われ、中国は5つ目の国際機関のトップ誕生を虎視眈々と狙っていましたが、残念ながら、中国の思惑通りの結果にはなりませんでした。事務局長には中国人の王彬穎・WIPO事務次長が有力とみられていたにも拘らず、シンガポール知的財産権庁長官のダレン・タン氏が選出されたのです。
トランプ米政権は、中国による米企業の秘密情報窃取を批判し、中国人の王氏がトップに就けば、知的財産に関わる重要な情報が中国に流れる恐れがあるとして、タン氏への支持を呼びかけ、他国がそれに同調したのです。
これはWHOが中国傀儡になってしまったことで新型コロナウイルスの対応に問題があった事実を踏まえ、国連の場で中国の影響力が突出するのは望ましくないとの認識が共有された証だと言えます。
中国は国際法に従う気がない
国連の重要機関のトップに中国人を置くことで本来なら、中国は国際法を遵守するお手本を示さなければなりません。ところが実際には全くそのようにはなっていないのです。
中国に対する実際の国際法に基づく裁判を例に説明します。2013年1月22日、中国が海域や島々の領有権を有すると主張してきた、いわゆる九段線に囲まれた南シナ海の地域について、フィリピン政府が国連海洋法条約の違反や法的な根拠がない権益の確認を常設仲裁裁判所に対して仲裁を要望しました。
2016年7月12日、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は、九段線とその囲まれた海域に対する中国が主張してきた歴史的権利について、「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」とする判断を下しましたが、中国は判決に対して無反応でした。
また、尖閣諸島の領有権についても、国際司法裁判所で決着をつけることにもまったく同意しない状態です。
中国の国際法に対する考え方は、大雑把に申し上げますと「国際法というものは西側文明国家が創造したものであり、中国はそれに従う必要性はない。」ということなのです。
また、国際司法裁判所の判決も、一方の当事国がそれを履行しない場合には他方の当事国は安保理に訴えることが出来ますが(94条2項)、前者が常任理事国の場合には事実上、安保理の措置はなされないのです。中国はその慣習を上手く利用しているのです。
簡単に申し上げれば、中国は罰則規定のない判決しか下せない国際司法裁判所には無関心・無視状態で、好き放題をしているのです。
国際的な影響力が皆無な日本
日本は、かつて国連教育科学文化機関(ユネスコ)や経済協力開発機構(OECD)のトップを輩出しましたが、中国に比べ今その影はとても薄いです。また、現在、専門機関の日本人トップはゼロです。関係者は「来年はユネスコ、再来年はWHOやICAOの事務局長選挙がある。日本も独自候補を擁立するなど戦略をもって臨むべきだ」と前向きに話しているようです。
ここで水を差すようで申し訳ないのですが、日本は第二次世界大戦の枢軸国であり、国連に世界第3位の拠出金額を出しても、常任理事国にはなれないのです。
私たちは第二次世界大戦後、the United Nationsを「国際連合」と意訳しています。the United Nationsの正しい訳 は「連合国」なのです。つまり国際連合は、連合国であり、もっと言ってしまえば、第二次世界大戦の戦勝国連合なのです。ですから、中国、フランス、ロシア、英国、米国の戦勝5カ国は常任理事国と呼ばれ、国際憲章が改正されない限り、恒久的にその地位に変更はないのです。
また、5常任理事国すべてが賛成しなければ新たな常任理事国は生まれないのですから、枢軸国であるドイツ、日本、イタリア、フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイは高い確率で常任理事国にはなれないでしょう。従いまして、国連の重要な機関の要職に日本人が就くのは極めて困難です。
米中対立の激化がここにもあらわれている
ゴールドマンサックス社の予測では、2050年の世界トップ3は、中国、アメリカ、インドであり、現在のG7のうち4国のみが残るそうです。将来のトップと予測されている中国と現在の覇権国家である米国は2018年から公式に覇権戦争を開始しましたが、今後もあらゆる分野が米中の戦場となりえます。
影響度は甚大ではないかも知れませんが、国際機関の支配権争いもその一環と言えます。その意味で、米国が国際機関への資金拠出を停止・削減する行為は、あたかも実戦での「兵の撤退」の動きとも喩えられる動きではないかと思われます。
立沢賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資家サロンで優秀な投資家を多数育成している。
Youtube https://www.youtube.com/channel/UCgflC7hIggSJnEZH4FMTxGQ/