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週刊エコノミスト Online コレキヨ

小説 高橋是清 第99話 謁見=板谷敏彦

(前号まで)

 日本軍は露バルチック艦隊を殲滅(せんめつ)、日露ともに講和の話に入ろうとする中、日銀総裁はさらに3億円の公債発行を是清に要求する。反対するヤコブ・シフを是清は説得する。

 明治38(1905)年6月21日。

 是清は24日の船便でニューヨークからロンドンへと行くことにした。横浜正金銀行ロンドン支店長の山川勇木には、銀行団を集めて準備万端で待っているように電報で指示を出した。

 入れ替わりにロスチャイルド系のパンミュール・ゴードン商会のコッホから電報が入った。

「ドイツの参加は好ましくない。後日フランスと日本の経済関係上の障害となるだろう」

 ドイツの参加は問題含みであった。

鉄道王ハリマン

 この21日の夜、クーン・ローブ商会のシフと盟友関係にある鉄道王エドワード・ヘンリー・ハリマンが是清のために壮行会を開催してくれた。もちろんヤコブ・シフも参加している。ハリマンはシフの推奨もあって日本公債を大量に買っていた。

 是清が冬に第3回公債募集に向けて渡航する前に、伊藤博文と彼の別宅で話し合ったことがあった。

 伊藤はその時是清に、日露戦争に勝利してロシアが持つ東清鉄道(のちの南満州鉄道)の権利を日本が得た場合、外国からの投資を期待したいと話した。

 是清はシフにその話をしていたので、ハリマンがそれを聞いて興味を持ったのである。

 ハリマンは北米大陸横断鉄道、太平洋航路、大西洋航路の船会社を既に保有していたので、ユーラシア大陸さえ接続すれば世界一周をカバーする鉄道網を構築することができる。

 ウォール街のトレーダーからはい上がったハリマンは何かと金に汚い人間として描かれがちだが、鉄道に関しては純粋な情熱も持っていた。

「高橋さん、バルチック艦隊も撃滅して、日本近海もすっかり安全になったことでしょう。

 私は東清鉄道への資本参加の件で、8月ごろにプロポーザルを持って是非日本を訪問したいと考えています。

 日本政府の関係者たちとのアレンジをよろしくお願いします」

 高橋は委細を承知して、ハリマン訪日を手配することを約束した。

 しかしだからといって純粋な情熱だけなどでは国際政治は動かない。ハリマンの訪日は駐日グリスコム米公使からの招きでもあり、米国の国家としての大陸における権益確保が本旨である。

   *     *     *

 宴もたけなわになった頃、是清がシフに、コッホからの電報の話をすると、シフはこう返した。

「それは無理もない話です。ロンドンへ行ってよく話し合えばよろしいでしょう」

 少し酔った是清がシフにたずねた。

「もしロンドンへ行って今回の話がまとまらなかったら、どうしましょう」

 不安げな是清を前に、シフはためらいもなく答えた。

「その心配はいりません、多分ロンドンの銀行団も従前通り引き受けてくれるでしょう。

 でも、もし万一彼らが引き受けなかった場合は、米国とドイツで必ず1億5000万円ずつ合計で3億円引き受けます。

 ですから心配せずにとにかく早くロンドンへ行って話をまとめなさい。

 私はあなたがロンドンで英国の銀行家たちと取り決めた条件には一切異存を申さないから、高橋さん、あなたの好きにやって結構です」

 是清はシフの手をとり感謝した。

   *     *     *

 是清は予定よりも1日早く7月2日にロンドンに着いた。

 日本政府からは交渉時間節約のための委任状が公使館に届いていた。

「今般日本帝国政府において公債3億円を英米独、もしくは英米において募集の計画なるにつき貴下は商議を担当すべし」そして、それに付随する諸権限が委任されていた。

 一方で是清には、どうあれシフの保証がついているのと同じようなものである。ロンドン銀行団との発行交渉はスムーズに運び、ドイツ銀行団の参加方法は米国銀行団と同等にすること、つまり英国よりも一団下の格で参加するという条件で納得させたのである。

 7月11日、第4回日本公債が発行された。

◦発行金額 3000万ポンド(3億円)

◦クーポン 4・5%

◦償還期間 20年

◦発行価格 90ポンド

◦担保 たばこ税

 ロンドンでは上場前に0・75ポンドのプレミアムが付いて約10倍の申し込み、ドイツでも10倍、アメリカでは4・5倍の申し込みがあり発行は大成功に終わった。

 7月12日、桂太郎首相兼外務大臣発、駐英林董(ただす)公使宛電報。

「桂首相より高橋日銀副総裁へ謝辞伝達方

 今回は募集時期の困難なるにもかかわらず好結果を得たるは貴下の迅速なるご尽力によるものと信じ深くその労を謝す」

 桂首相が外務大臣を兼務しているのは、小村寿太郎外務大臣が講和条約の全権代表として日本を既に発ったからである。

英国王エドワード7世

 7月31日正午、是清は駐英林公使ともども国王エドワード7世への拝謁をたまわった。通常服着用。シフの我らが仲間、カッセル卿の手配である。

 バッキンガム宮殿、その日は何かの宮中行事があったらしく、大礼服を着た顕官たちとそのお供で大層賑わっていた。是清と林公使は案内されるまま、廊下を奥へ奥へと進んで行く。途中林公使は知人とすれ違うらしくあいさつを交わしている。

 案内者がドアを開くと次の廊下へと入る、ずんずんと奥へ入るが是清には勝手がわからない。

「林さん、お願いだから私の前を歩いてくれませんか」

 是清は作法を知らぬので不安だった。

「いや、今日はあなたが主役だ。でしゃばるわけにはいかん」

 こうして、たどりついた大きな部屋には椅子が三つ、大礼服を着た人がいて、是清は案内人かと思った。

 その彼が是清には右の椅子に、林公使には左の椅子にお座りなさいと案内してくれる。

 そして是清に対して握手を求めた。

「キングだ」

 エドワード7世である。是清はようやくそれに気がついた。

「資金調達はうまくいっておりますか?」

「まことに好結果で喜んでおります」

 是清がそう答えると、「はなはだ満足である」とエドワード7世は是清と林に返し、

「日本が講和の条件として当然取得すべきものをことごとく取得せんことを望むは当たり前のことである」と続けた。

 是清たちが部屋から退出する時も、キングは気さくに部屋の出口まで送ってくれた。是清はそのフランクさに恐縮するとともにすっかり感心したのである。

(挿絵・菊池倫之)

(題字・今泉岐葉)

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