マーケット・金融 勝つための情報リテラシー
経済が壊滅的なのになぜ株が爆上がりするのか=立沢賢一(元HSBC証券会社社長、京都橘大学客員教授、実業家)
OECDの予測するシナリオ
6月11日、1,900名を超える専門家を抱える世界最大のシンク・タンクであり,経済・社会の幅広い分野において多岐にわたる活動を行っているOECD(経済協力開発機構)は、今年及び来年の世界経済見通しを「綱渡り状態の世界経済の先行きは極めて不透明だ」と発表し、物議を醸しました。
OECDの予想するシナリオは2つです。
1つ目は2020年末までに感染第2波が到来するというものです。
感染のアウトブレイクが起こり、都市は再度ロックダウンに戻ってしまうというシナリオです。その場合、2020年の世界経済成長率は-7.6%と大幅下落し、2021年は成長率を戻しても+2.8%程度の予想です。また、2020年の失業率は10%まで上昇すると予測しています。
2つ目は感染第2波を防げるというものです。
その場合、世界経済活動の落ち込みは-6%で失業率は9.2%の予想です。
生活水準は感染第2波が到来した場合よりは改善されるものの、2021年までに過去5年分の所得増加分を全て吹き飛ばしてしまうほどのマイナスは避けられないようです
添付のチャートをご覧になると一目瞭然ですが、どちらのシナリオから解釈しても、2021年末時点になっても、2019年末の水準まで戻っていません。V字型回復どころか、ズルズルとマイナス成長が持続する見込みなのです。これが近未来の実体経済予測です。
一方、米国株式市場は第3四半期にV字型回復を果たすという思惑で、2020年第2四半期に大きく上げ、ダウ工業株30種平均が17.77%高と1987年以来の大幅高、S&P500指数は19.95%高と1998年以来の大幅高、ナスダック総合指数は30.63%高と1999年以来の大幅高をそれぞれ記録しました。
無尽蔵な財政出動で広がる実体経済との乖離
新型コロナショック勃発後、次の対策がとられています。
(1) 政府が積極的な財政出動による財政政策
(2) 中央銀行がゼロからマイナス金利にまで及ぶ金利誘導と債券やETF購入による包括的金融緩和政策を敢行
その甲斐あって、金融不安を回避することには成功しました。
ところが、世界的デフレ環境による需要不足が原因で供給過多が恒常化し、流動性資金は実体経済ではなく、金融経済に流れてしまっているのです。これにより、株などの投資商品価格が実体経済と大きく乖離する程、高騰してしまっているのが実態なのです。
また、米国商務省が5月29日に発表した2020年4月の米国の貯蓄率は+33.0%で、過去最高を記録しました。貯蓄率は1975年5月に記録した17.3%を大きく上回り、1959年の統計開始以来の最高水準に到達しました。
これに関して、エコノミスト達の見方は分かれています。
(1) 全店舗が閉店し、全員が自宅に閉じ込められ、買い物をする機会がなかったことから、一種の強制的需要ショックのようなもので、貯蓄は経済活動再開後の消費原資となる
という指摘がある一方で、
(2) 仮に経済再開に時間がかかった場合、貯蓄の低下は抑制され、個人消費支出の急回復にはつながらないだろう
という見方も出ています。
「個人消費は底を打ち、今後回復する」は本当か?
新型コロナウイルスのパンデミックで米国では瞬く間に数千万人もの労働者が収入を失い、失業保険申請をしています。
世界一の経済大国である米国の貧富の格差は深刻です。ですから、今回のショックでまず打撃を受けるのは中低所得者層です。
彼らはそもそも貯蓄が出来ていません。過去30年間を遡っても、中低所得者層の実質賃金上昇は見られず、ここ数年でやっと賃上げが始まったに過ぎない状況でした。
今回のショックで中低所得者層の失業者は大幅に増え、これまでの賃上げ効果は消滅してしまうことになりそうです。
オックスフォード・エコノミクスの調査によりますと、米国人の半数は、予期していなかった経済的打撃に対処できる緊急時のための貯蓄を保有しておらず、特に低所得世帯の状況はかなり酷く、75%はいざというときの蓄えが無いという結果が出ています。
ところが、現状、GoogleやAppleのモビリティレポートでは人々の移動量が増加し、レストラン予約サイトオープンデーブルのデータではレストランの予約状況が復活する傾向にあります。これらデータから判断しますと、個人消費は既に底打ちしている可能性が高く、今後更なる加速が期待されるという見方の方が株式市場では優勢なのです。
米国の個人消費はGDP の70%超を占めており、これが停滞すると経済全体も振いません。過去の統計を見ますと、米国の個人消費は景気の悪い時もそれほど大きくは落ち込まず、安定的でした。
4月の貯蓄率急上昇が一時的な現象で、5月以降貯蓄が消費にシフトされるのであれば、それはまさに金融市場の期待に沿うものです。
しかしながら、万が一、米 GDPの約7割を占める個人消費の回復に対する期待が崩れれば、目下の株価上昇は正当性を完全に失います。
オールドエコノミーとニューエコノミー
過剰流動性で行き場のない資金が株式市場に流入する事態が永遠に続くとは思えない中、実体経済と金融経済との乖離がこれ異常許されない状況が訪れた際、「チャート1」が現実味をおびて認識されるでしょう。
株式市場の価格動向は1年先の経済を予測しているとも言われています。
1年先の経済が新型コロナショックをきっかけに起こった「 ニューエコノミー 」に拍車をかけるのであれば、バリュー株主体の「オールドエコノミー」関連株を多く含んでいるダウ工業株30種平均とグロース株を多く含む「 ニューエコノミー 」関連テック企業株群であるナスダック総合指数との格差が次第に拡大していく可能性が高いのです。
株式市場では旧態依然のビジネスモデル ( 「オールドエコノミー」)を継承している企業と「ニューエコノミー」の象徴とも言える環境・社会・企業統治(ESG)や持続可能な開発目標(SDGS)を積極的に取り入れている企業との間に格差が生まれつつあります。
実際に、米国大手金融機関や投資ファンドはこの変化に呼応するように、ESGやSDGS投資にシフトする動きが出ています。
結局のところ、新型コロナウイルス感染第2波が到来したと仮定して、市場参加者が実体経済と金融経済の乖離修正の動きを始めた場合、一部テック企業を除いた「オールドエコノミー」型企業で多く構成されているダウ工業株30種平均は下降の一途を辿ることになるのでしょう。一方で、「ニューエコノミー」型企業は「オールドエコノミー」型企業を凌駕し、次世代経済の牽引役として更なる成長を遂げることになることでしょう。
割安に見えるゴミ銘柄に気をつけろ
今でも、一般的には、多くの投資家は株価と企業の収益力を比較する株価収益率(PER)や純資産と株価の比較する株価純資産倍率(PBR) を見て、企業価値に対して株価が安いか否かを判断しています。
ところが、実際には、AIシステムの進化により、AIが割安銘柄を見逃すことはほとんどなくなり、割安銘柄は自動的にAIに買われてしまっています。そのため、PERやPBRで割安な多くの銘柄は、AIが買わなかった銘柄ということになるのです。言葉は悪いですが、AIに「 ゴミ銘柄 」と判断されてしまったのです。
現在ダウ工業株30種平均の平均PERは20.66倍で、S&P500は25倍です。1871年から150年間で見ても米国株のPERはかなり高いレベルに位置しており、米国株はPER的には確実に割高状態になっています。因みに本稿執筆時点(7/10)では、Zoom Videoは1,429倍、Amazonは147倍、Baiduは141倍、Paypalは116倍、Netflixは102倍、Microsoftは36倍、Facebookは34倍などなどPER30倍以上の米国企業は799社もあるのです。
現在、PER値が大きくても、資金は成長期待の高い銘柄に流入し続けています。そして、第二次世界大恐慌が起こらない限り、今後の新型コロナショック動向如何にかかわらず、GAFAのようなテック企業への投資はこれからも継続するのではないかという市場の期待は今後も一部の株式市場上昇の理由になるのです。
立沢賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資家サロンで優秀な投資家を多数育成している。
Youtube https://www.youtube.com/channel/UCgflC7hIggSJnEZH4FMTxGQ/