経済・企業20200707更新【週刊エコノミストOnline】

約1兆円の赤字にもかかわらずなぜ孫正義氏とソフトバンクGは「余裕」と言い切るのか=浜田健太郎

アリババ創業者で盟友のジャック・マー氏(右)と孫正義社長(東京都内で) (Bloomberg)
アリババ創業者で盟友のジャック・マー氏(右)と孫正義社長(東京都内で) (Bloomberg)

 ソフトバンクグループ(SBG)はどこへ向かうのか。5月18日発表した2020年3月期決算で過去最大の赤字(純損失9615億円)を出したものの、春先に急落した株価は2687円(3月19日終値)から5295円(6月17日終値)と約2倍に回復。一時期、広がった投資家の動揺は収束した。ただ、経営の中核に据えた投資路線の失敗は明らかで、今後の経営戦略は不透明だ。

 SBGの孫正義会長兼社長に、社長室長として8年間にわたり仕えた嶋聡氏(元衆議院議員)が取材に応じ、「孫社長は、何かに失敗してもそれよりさらに大きい挑戦をして損失を帳消しにしてきた」と指摘する。

 実際、孫氏はピンチをチャンスに転じる経営手法を繰り返し打ち出してSBGを巨大企業に成長させた。ブロードバンド事業でNTTに挑んで、02年3月期から4年連続の赤字を計上した後、06年にボーダフォン日本法人(現在の携帯子会社ソフトバンク)を1兆7500億円で買収し、飛躍のきっかけをつかんだ。

(出所)ソフトバンクグループIR資料から筆者作成
(出所)ソフトバンクグループIR資料から筆者作成

 巨額報酬が話題となった後継者候補が1年で退任した直後の16年7月、米半導体設計会社アーム・ホールディングスを約3・3兆円で買収すると発表。携帯電話の「頭脳」に当たる半導体設計で世界トップのアーム社を傘下に収め、IoT(モノのインターネット)拡大への要所を押さえた。さらに、傘下の米スプリント再建に苦闘する中で、16年12月、孫氏は、米大統領選挙に勝利したばかりのトランプ氏と面会。TモバイルUSとの合併推進への布石を打った。

 こうした成功体験を踏まえて、嶋氏は、孫氏が描く再浮上のシナリオについて「“コロナ後の世界”がキーワードだ」と強調した。

最大赤字も「余裕の心境」

 今回計上した過去最大の損失はソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)で約1兆9300億円の赤字を計上したことによる。シェアオフィス「ウィーワーク」を運営する米ウィーカンパニーなどユニコーン(時価総額10億ドル以上の未上場新興企業)への投資を進めてきたが、乱脈経営が伝えられたウィー社への投資価値の減少に加え、コロナ禍の影響を受けた配車サービスの米ウーバー・テクノロジーズ(2019年5月ニューヨーク証券取引所上場)の株価下落が響いた。

「(ブロードバンド事業の)ヤフーBBを始めた当時(01年)は倒産するかどうかギリギリの状況で、崖から落ちそうだった体を指2本で支えているような危機だった。“今回は余裕”で崖の下をのぞいている感じだ」──。

 孫氏は5月18日の記者会見で、過去最大の赤字を計上した心境をこう述べた。その上で、SBGの現状を理解する上でもっとも重要な数値が正味の「株式保有価値」だと強調した。

(出所)ソフトバンクグループIR資料
(出所)ソフトバンクグループIR資料

 中国のEC(電子商取引)最大手アリババ集団株式で14・7兆円、携帯子会社ソフトバンク株式で4・5兆円など、SBGが保有する企業群の株式価値が5月18日時点で28兆5000億円に上り、そこから純有利子負債を除いた金額(21・6兆円)が、SBGの株式保有価値に該当する(図2)。

 ヤフー(現Zホールディングス)などの保有価値が4・5兆円だった08年3月に比べて株式保有価値は約6倍に跳ね上がっている。SBGが事業や投資に投じてきた価値が12年前に比べて格段に増大した現状から見れば、「今回は余裕」と述べるのは、決して強がりではないのだろう。

米携帯合併で危機回避

 SBGにとって近年最大のヤマ場は今年2月に来た。米ニューヨーク(NY)連邦地裁は同月11日、SBG傘下の米携帯4位のスプリントと、同3位のTモバイルUSの合併を承認。競争を妨げるとして合併に反対してきたNY州などの主張を退けた。今年4月に両社が合併して新生「TモバイルUS」となり、旧スプリントはSBGの連結子会社から外れた。

 SBGは米国進出の足掛かりとして13年にスプリントを買収した。ただ、米国では「2強(ベライゾンとAT&T)2弱(TモバイルUSとスプリント)」の構図が定着し、旧スプリントは直近2年間の8四半期中、5四半期で赤字を計上するなど苦戦続き。4兆円近い有利子負債額はSBG全体の3割近くを占め、SBGには「お荷物」だった。打開策として打ち出したTモバイルUSとの合併は、両社による合意(18年4月)から2年かけて実現した。

 今後は5G(次世代移動通信システム)への巨額の投資負担が生じる。シティグループ証券アナリストの鶴尾充伸氏は、「もし合併が認められずに、スプリントをそのまま抱えていたらSBGは非常に厳しい状況に追い込まれていた」と指摘する。

 生き馬の目を抜く投資のプロたちは「潮目の変化」を見逃さない。連邦地裁の判断を見透かしたかのように、2月上旬、アクティビスト(物言う投資家)として知られる米ヘッジファンドのエリオット・マネジメントがSBG株を約3%取得したと報じられた。SBGは3月23日に4・5兆円の資産売却・現金化と、合計2・5兆円の自社株買いを行うと発表。差額の2兆円は負債の削減に充てるという。一連の過程で、エリオットがSBGに2兆円規模の自社株買いを要求したと報じられている。

 4・5兆円の調達は、「虎の子」アリババ株を活用しながら、デリバティブ取引を組み合わせて1・25兆円、携帯子会社ソフトバンク株の売却(5%)で3000億円程度を確保するほか、24%出資するTモバイルUSの株式売却を正式決定(2兆円規模)。米国の通信市場からは撤退する。

赤字の責任者重用に疑問

 同社は、SVFの「第2弾」を目指してきたが、孫氏は「成績が悪ければ他の投資家から(資金が)集まらない。(投資戦略は)継続するが、ガンガン行く状況ではない」と述べており、当面は様子見と示唆する。

 本稿執筆時点ではまだ開催されていないSBGの株主総会(6月25日)の注目は、SVFを統括するラジーブ・ミスラ副社長に対する株主の反応だ。20年3月期の「報酬等の総額」として16億600万円がミスラ氏に支払われた。前年度実績(7億5200万円)から倍増している。

 過去にも、孫氏が後継候補と見込んだグーグル元幹部のニケシュ・アローラ氏を招へいし、165億円という巨額の報酬額が物議を醸した。15年6月にSBG副社長に就任したアローラ氏は結局、1年後にSBGを去った。

SGBのラジーブ・ミスラ副社長。ビジョン・ファンドを統括する。(米カリフォルニア州で) (Bloomberg)
SGBのラジーブ・ミスラ副社長。ビジョン・ファンドを統括する。(米カリフォルニア州で) (Bloomberg)

 ミスラ氏は、ドイツ銀行の債券取引部門の責任者などを経て14年11月にSBGに加わり、17年5月からSVFの最高経営責任者を務めている。SBGの事情に詳しいある金融関係者はミスラ氏について、「債券や為替など金融市場でキャリアを積んできた人物だ。投資銀行のもう一つの柱であるM&A(合併・買収)の助言や、新興企業への投資経験は乏しいはず」と、ユニコーン群に投資するSVFを統率する手腕を疑問視する。

 孫氏にとって、最大の投資の成功体験はアリババを見いだしたことだ。00年に投じた20億円は7000倍以上の価値に増大する“大鉱脈”だった。孫氏が、創業者の馬雲(ジャック・マー)氏に会ってわずか10分で投資を決めたことは有名なエピソードだ。そのマー氏は07年から務めたSBGの社外取締役を6月25日付で退任する。

 元社長室長の嶋氏は、「同志的な結合を重視していたはずだった孫社長の投資スタイルが、“トランプの札を次々に替える”ような経済合理性偏重のアングロサクソン流に変化したのだろう。コロナ後の世界では、アジア的な流儀に回帰してほしい」と話す。

 今なぜ、「アジア流」回帰か。嶋氏は、その根拠を語った。

「孫さんは常に、“自然・政治・経済の3要因”で将来を予想する。高い確率で予測できることは、いつかまたパンデミック(疫病の世界的流行)が起きること。その結果、さらに経済のブロック化が進むだろう。そうした中、WHO(世界保健機関)脱退を言い出して世界のリーダーの風格を失っている米国の失点もあり、中国が覇権争いを有利に進めている」

 つまり、“協調路線”こそアジア流であり、孫氏の原点回帰の鍵を握るというわけだ。巨額赤字の公表後、孫氏は目立った動きを見せていない。「いまはコロナ後の世界がどうなるか、じっくりと考えているのだろう」(嶋氏)。

「コロナ抑止」に照準

 ピンチを幾度もチャンスに変えてきた孫氏とはいえ、今回はかつてない厳しい局面だ。コロナ禍の第2波への懸念は根強く、「世界経済は大恐慌以来の厳しさ」(国際通貨基金のゲオルギエバ専務理事)が続くと見込まれる。

 孫氏は6月9日夜、SBGの社員約4万4000人を対象に新型コロナウイルスの抗体検査を行い、陽性率が0・43%であったとの結果を発表。さらに大曲貴夫国際感染症センター長らとの対談形式でインターネット中継に登場し、SVFが出資する米国のベンチャー企業のヴィア・バイオテクノロジーが「新型コロナワクチンの臨床試験を来月に始め、うまくいけば年内に量産を開始する」と語った。一方で、コロナワクチンの開発には世界中で「100社以上あると聞いている」と、競争は激烈との認識を示した。孫氏は「コロナ抑止」を新たな成功体験とすることができるか。まずは、ヴィア社の成果が試金石になる。

(浜田健太郎・編集部)

(本誌初出 岐路に立つソフトバンクG 投資スタイル変質が招いた赤字 浮上の鍵は「アジア流」回帰か=浜田健太郎 2020・7・7)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月9日号

EV失速の真相16 EV販売は企業ごとに明暗 利益を出せるのは3社程度■野辺継男20 高成長テスラに変調 HV好調のトヨタ株 5年ぶり時価総額逆転が視野に■遠藤功治22 最高益の真実 トヨタ、長期的に避けられない構造転換■中西孝樹25 中国市場 航続距離、コスト、充電性能 止まらない中国車の進化■湯 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事