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教養・歴史 書評

『未完の人民元改革 国際通貨への道』 評者・田代秀敏

著者 関志雄(野村資本市場研究所シニアフェロー) 文眞堂 2300円

人民元の未来を展望する珠玉の論文を1冊に網羅

「『完全変動相場制』への移行は、中国にとって避けられない道である」

 そう宣言する著者は、中国経済分析の第一人者として30年を超えるキャリアを持つ。

 その著者が、2004年以降に「市場と政策の動向を観察しながら執筆した人民元に関する論文」を、テーマごとに有機的に配列したのが本書である。どの論文も、再読して著者の慧眼(けいがん)に改めて驚かされる。

 著者が05年6月に管理変動相場制への移行を急ぐべきだと主張する論文(第2章)を発表した3週間後、中国は管理変動相場制へ移行した。

 また著者が10年5月に人民元の切り上げ再開は近いと予測する論文(第3章第3節)を発表した翌月、人民元の切り上げが再開された。

 正鵠(せいこく)を射たのは著者が北京にディープ・スロート(情報源)を持っているからではない。経済学の理論を用いているからである。

 分析が理論的なので、中国の現状を日本の経験と擦り合わせるのも、印象論に終わらず、日本経済の分析にも貢献する内容となっている。

 著者が指摘する通り、日本はニクソン・ショックによって1973年2月14日に変動相場制へ移行した後も市場介入を止めず、介入無しの完全変動為替相場制(クリーン・フロート)に移行したのは、31年後の2004年3月17日であった。

 その翌年に管理変動相場制へ移行した中国が、日本の2倍近い速度でクリーン・フロートへ移行するのは、正しく苦難の道である。

 だがクリーン・フロートへの移行は、金融政策の有効性を高め、バブルの元凶である流動性の膨張を抑える最も有効な手段である(第Ⅲ部)。

 著者は、クリーン・フロートへの「最終移行のベスト・タイミングは、実際の人民元レートが市場の需給を反映した『均衡レート』にほぼ一致する時である」とする(第7章)。

 現在、人民元のオフショア先物レートの現物レートに対するプレミアムは極めて低下しており、市場は「最終移行」に備えておくべきだろう。

 収録されている多数の論文の中で最新のものは19年末発表の「中央銀行デジタル通貨の発行を目指す中国」(付録12─1)である。経済学の理論に基づいて中国の1次資料を駆使しデジタル人民元の本質を解明する「鶏群(けいぐん)の一鶴(いっかく)」的な一編である。

 香港出身で日中英の3言語を自在に駆使する著者が、東京を本拠とし、日本語で珠玉の論文を発表してきたことは、日本にとって天佑(てんゆう)である。この天佑を活かし日本の未来を築くことは本書の読者の責務である。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)


 かん・しゆう 1957年香港生まれ。香港上海銀行、野村総合研究所等を経て2004年より現職。また、独立行政法人経済産業研究所コンサルティングフェローも務める。『中国「新常態」の経済』等著書多数。

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