急速充電で用途が広がる GaNパワー半導体=津村明宏/44
スマートフォンをはじめとするモバイル機器の充電器で、最近よく目にするのが「GaN搭載」の文字だ。このGaNとは「窒化ガリウム」という化合物を指し、要するにGaNを用いたパワー半導体が搭載されていることを意味する。このGaNパワー半導体を搭載している充電器は、従来品よりも速く充電でき、充電器本体も小型化されていることが特徴で、商品の差別化キーワードになっているのだ。
GaNパワー半導体は、シリコンウエハー上にGaNを成膜して製造されるため、正確にはGaN on Siliconパワー半導体と呼ばれる。一般的なパワー半導体はシリコンのみを用いて製造されるが、GaNはその物性上、シリコンでは実現できない性能を出すことができる。GaNはシリコンに比べて理論上、電力損失を示す「オン抵抗」を同じサイズなら3桁も小さくすることができ、高速なスイッチングを実現することができる。これにより、SiC(炭化ケイ素:シリコンカーバイド)ほど耐圧を高くすることはできないものの、電源を小型にできる。低発熱で省エネである点も大きな利点だ。
GaNパワー半導体の可能性は早くから世に知られていて、これまで研究開発の域をなかなか出なかったが、近年になって性能や信頼性が向上してきたことで、充電器などの民生機器に搭載されるようになった。
省エネに寄与
モバイル充電器では、中国Ankerや米RAVPowerをはじめとする多くのメーカーがGaN搭載モデルを市場投入。この流れはパソコンにも波及しつつあり、台湾のASUSは超ハイエンドノートPC「ProArt StudioBook One」の付属ACアダプターにGaNを採用して小型化した。さらに、スマートフォンでも中国のシャオミがフラッグシップモデル「Mi 10 Pro」に65WのGaN電源アダプターを同梱させた。わずか35〜45分でフル充電が完了するといい、2020年内に韓国サムスン電子、米アップル、中国ファーウェイらが追随する可能性もささやかれている。
このように、GaNパワー半導体を採用する利点は「急速に充電できること」や「電源を小型かつ省エネにできること」にある。現在は6インチのシリコンウエハーをベースに製造されるケースが多いため、8インチや12インチのシリコンウエハーで製造されるシリコンパワー半導体に比べて割高だが、低発熱や充電時間の短縮が、企業や製品にとってGaNを採用する大きなモチベーションになっている。生産数量の増加で量産コストが下がれば、さらに採用が広がっていきそうだ。
モバイル機器用の充電器に続いて、GaNパワー半導体の採用が広がりそうな巨大市場がデータセンター(DC)向けのサーバー用電源だ。GaNをサーバー用電源に採用すれば、DC運営者のメリットは大きい。DCは、密閉された空間で多数のサーバーを24時間365日稼働させ続けるため、常に一定の温度に保つように莫大(ばくだい)なコストをかけて空調をフル稼働させている。GaNの採用で電源が低発熱になれば空調コストを大幅に低減できるため、電源のコストが多少高くなっても採用メリットが大きいのだ。
台湾のデルタ電子が電源ユニット「80Plus Platinum 800 Watt PSU」を商品化済みであるほか、TDK子会社のTDKラムダもAC−DC電源モジュール「PFH500F-28」をリリースした。新型コロナ禍による通信需要の増大によって投資再開の機運が高まるDCなどへの採用拡大が期待できる。
電動車に採用
今後の伸びしろという観点では、電動車の急速充電周りが最も大きいかもしれない。電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、マイルドハイブリッド車など、どのタイプの電動車が世界の主流になるかは現時点で見通しづらい上、急速充電の方式も日本のCHAdeMO(チャデモ)や欧米のCCS1/CCS2、中国のGB/T、テスラのスーパーチャージャーなど国や地域によって異なるが、航続距離の延長と充電時間の短縮は「相反する永遠の課題」といえる。
既にGaNパワー半導体を自動車の充電周りに採用する動きが顕在化しており、ティア1の仏ヴァレオは、マイルドハイブリッド車を含む48ボルト(V)システム向けにGaNを搭載した車載充電器を開発中。また、車載部品メーカーのマレリは3月、GaNパワー半導体のファブレス企業である米Transphorm(トランスフォーム)と電動システムの新技術開発に関して戦略的提携を結んだ。提携にあたってマレリは「電力変換技術はEVの将来に欠かせない。こうした技術への投資は、より低コストでEVの高性能化を実現するために重要であり、最終的にEVのコストを下げる製品を実現する」と期待を述べている。
ちなみに、トランスフォームは米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のウメーシュ・ミシュラ教授らが中心になって設立したベンチャー企業で、13年に富士通グループとGaN事業を統合した。19年12月には、ドイツに本社を置く航空機部品メーカーのAES(Aircraft Elektro/Elektronik System)が同社のGaNパワー半導体を採用したことを明らかにし、きわめて高い信頼性が要求される航空機業界にもGaNの性能が認められたことを印象づけた。GaNを採用した電源ユニットは、従来のシリコンベースの電源ユニットと比較してシステム効率を10%以上改善したという。
大手も積極的に展開
現在のところ、GaNパワー半導体メーカーとしては、このトランスフォームのほか、米国のNavitas SemiconductorやGaN Systems、EPC(Efficient Power Conversion)、Power Integrationsといった新興メーカーが活躍しているが、近年では独インフィニオンテクノロジーズや米テキサス・インスツルメンツ(TI)、英ダイアログ・セミコンダクターなどの大手半導体メーカーが事業展開を積極化する動きも目立ち始めた。また製品面では、これまで主流だった650Vから800V、900Vへラインアップを拡充する流れも出てきた。
スイスのSTマイクロエレクトロニクスは2月、世界最大の半導体ファウンドリー(受託生産会社)である台湾TSMCとGaN製造技術の開発やGaNベースの半導体製品の供給などで協力すると発表した。本件の一環として、STマイクロのGaN製品をTSMCのGaN製造技術で生産する。STマイクロは、仏ツール工場で同国の公的研究所であるCEA−Letiと共同でGaNの研究を進めてきたが、今回TSMCと連携し、GaNへの取り組みを強化。主要顧客にGaNベースのパワー半導体製品の初回サンプルを20年後半から提供することを決めた。
さらに、STマイクロは3月、仏GaNパワー半導体メーカーであるExaganを買収することも決定した。Exaganは8インチウエハーで製造できる技術を持つという。買収にあたり、STマイクロは「サーバーや通信・産業機器向けの力率補正回路やDC−DCコンバーター、電気自動車用のオンボード・チャージャー、車載用DC−DCコンバーターなど幅広いアプリケーションに対応する」と、GaNパワー半導体の事業化にかける意気込みを語っている。
日本の半導体メーカーはGaNに関して長い研究開発の歴史を持つものの、製品展開や事業化では現状、海外勢に大きく遅れているといわざるを得ない。高耐圧のSiCパワー半導体では三菱電機や富士電機、デンソー、ローム、東芝らが海外勢に比肩する技術力と製品力を持つだけに、GaNパワー半導体でも世界的に大きな存在感を示せる企業が出てくることを期待したい。
なかでも注目株はロームだろう。ロームは18年6月、GaN SystemsとGaNパワーデバイスの協業を開始した。両社が持つパッケージング(封止)技術を用いて最適な製品を共同開発し、GaNパワー半導体の可能性を最大限に引き出すことを目指す。また、両社が互換性のある製品を提供し、顧客にGaNパワー半導体を安定供給できるようにする。GaNパワー半導体の研究開発活動も共同で進め、産業機器、自動車、家電分野向けに画期的な製品を提案していく方針だ。ロームはSiCパワー半導体で世界3位の売り上げを誇るが、今後はGaNパワー半導体での飛躍も期待される。
(津村明宏・電子デバイス産業新聞編集長)