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非難ごうごうの「Go Toキャンペーン」 なぜ政府は中止できないのか=鈴木卓実
「東京都発着は除外」に軌道修正してまで何としても実施したい理由
Go Toキャンペーンへの批判がメディアを賑わせている。
Go Toキャンペーンとは正確には、以下の各要素を含む施策である。
①国内旅行代金の最大半額を補助するGo To Travel キャンペーン(以下、Go Toトラベル)
②飲食店で使えるポイント・食事券を支給するGo To Eatキャンペーン
③イベントチケットを購入した際に割引・クーポン等を支給するGo To Eventキャンペーン
④商店街等のイベントやプロモーション、観光商品開発等を実施するGo To 商店街キャンペーン
このうち、もっぱら批判の対象となっているのは、このうち①Go Toトラベルであろう。
東京都を中心に再び新型コロナウイルス感染者が増加している折、全国一斉の旅行キャンペーンを実施するのはいかにもタイミングが悪い。
そのタイミングの悪さが、「感染拡大中にあえて強行するのは利権が絡んでいるから」という憶測に火をつけ、政府の意思決定のあり方を問題視する声が絶えない。
キャンペーンの対象事業者が限られていることや、Go Toキャンペーンの委託費用が約3,000億円(内、Go Toトラベルは1,895億円)にも上る巨額であることからも、「利権」や「中抜き」という批判を浴びてしまっている。
結局、東京都発着の旅行(東京都を目的地とする旅行、東京都に居住する人の旅行)をキャンペーンの対象外とする案が政府の分科会に提示され、事実上の軌道修正が図られることになった。
このように「非難囂々」「異論百出」のGoToキャンペーンだが、利権云々の話以外にも、「GoToキャンペーンをやらざるを得ない理由」が考えられる。
観光産業は、事業者の経営状況や産業のあり方が特殊なため、こうした施策しかとれないのではないか、とも思われるのである。
まずは、統計で事業者の経営状況を確認しよう。
2カ月連続収入ゼロ!このまま無策なら確実に壊滅する
7月1、2日に公表された日本銀行「短期経済観測調査(6月調査)」では、宿泊・飲食サービス業(全規模)の業況判断が▲90と過去最低を更新した。
前回(3月調査)の段階で▲59とリーマンショック後の不況期や東日本大震災時の既往ボトムを更新したが、そこから更に31ポイント低下したことになる。
企業規模ごとに見ても、通常、中小企業よりは業況が良い大企業の業況判断DIも▲91とほぼ一致。
全国的にみて、企業規模に関わらず、宿泊・飲食サービス業が極めて厳しい状況にあることが分かる。
他の統計で見ても状況は似たり寄ったりである。
7月7日に公表された総務省統計局「家計調査(二人以上の世帯)」5月分では、宿泊料、パック旅行費の対前年同月実質増減率は▲97.6%、▲95.4%とほぼ「全減」である。
4月分も同様の結果だったため、宿泊業は2か月連続でほぼ収入がゼロだったことになる。文化施設入場料や遊園地入場・乗物代といった観光に関連する支出も同じような傾向にある。
年間収益で考えても、ゴールデンウィークという「かき入れ時」に売り上げがほぼゼロだったことのダメージは大きい。
せめて夏季に少しでも収益を上げなければ、観光産業では経営を維持できなくなる公算が高い。
よってGoToキャンペーンが観光産業救済のために必要かつ取り得る政策として検討されたのである。
地方自治体ではすでに観光産業への救済策を実行に移している先もある。
例えば、石和温泉がある山梨県笛吹市では市内の旅館・ホテルに泊まる人に宿泊料金を最大2万円補助、という対策が既に3月の時点で打ち出されている。緊急事態宣言でキャンペーンの開始が遅くなったが、6月から始まった宿泊料金割引事業では旅行料金・旅行人数に応じて、最大10万円の宿泊料金割引クーポンを配布する力の入れようだ。
観光産業が陥っている苦境は3月時点よりも悪化しており、Go Toキャンペーンの実施はより一層急務となっている。
観光産業への直接給付は困難
感染拡大につながりそうな「Go Toキャンペーン」は中止し、経営が苦しい観光産業には「現金の直接給付」で対応すべき、という批判も多い。
ただ、財政健全化の問題とは別に、政府には現金の直接給付ができないある事情が実は存在するのである。
観光庁「旅行・観光サテライト勘定(TSA:Tourism Satellite Account)」では、観光産業の内訳の業種として、「宿泊業、飲食業、鉄道旅客輸送、道路旅客輸送、水運、航空輸送、その他の運輸業(旅行会社が含まれる)、スポーツ・娯楽業」を設けている。
これはあくまで業種で、この中には例えば地元客しか来ない飲食店のような観光客からの売上がない事業者も当然含まれている。
上記の業種に、土産物屋や土産物を作る製造業、クリーニング業や食品製造業、農業・漁業等は含まれていないが、これらの中には先にあげた「観光収入のない喫茶店」よりも観光に依存する企業も当然含まれている。
行楽地にあるコンビニもまた、観光産業の一角を占めるはずだが、政府の定義では観光産業と捉えられていない。
このように、どういった企業が「観光産業」にあたるのかを定義するのは極めて難しい問題なのである。
観光に関連した産業の裾野は広いうえ、観光に関連した売上があるかどうかを行政が把握する手段がないのだ。
事業者の範囲が分からなければ、給付額を決めることも難しい。
誰にいくら給付するかはある程度まで「みなし」で決めたとしても、観光産業の規模は巨大過ぎるので、その費用は巨額になってしまい、予算の組み替え程度では足りない。
Go Toキャンペーンの予算でさえ委託費用も含め約1兆7,000億円もあるのだが、直接給付を行う場合、その規模はさらに大きくなる。
旅行・観光サテライト勘定によると、日本人の国内旅行消費額(2018年)は20兆4,710億円、国内旅行消費額に限定した生産波及効果の数字は記されていないものの、インバウンド等も含んだ内部観光消費(27.4兆円)、その生産波及効果(55.4兆円)の比を援用するなら、日本人の国内消費の生産波及効果は40兆円に上る。
非常時にも緊縮財政が必要、という主張をしているわけではないのだが、政策の方法論として、給付で観光産業を支えるには国民的な世論と政治の意思決定が必要になる。
財源のあり方や税制、国債発行のしくみなどを根本から問い直すような非常に大がかりな政策となるので、どうしてもスピーディーには実施できない。
Go Toキャンペーンを中止すると、夏休みシーズンという「かき入れ時」を逃すことになる。
金融機関の融資を受けている事業者は返済のために9月末までにはある程度の手元流動性を確保しておく必要がある。
今から給付額や給付方法の議論から始めている時間的な余裕がないのである。
地方経済への影響をどう軽減するか
観光産業や関連企業の経営が悪化した場合、融資している金融機関の経営にも影響する。
地域金融機関の場合、融資先である地場産業の多くが観光に依存しているケースも多い。県単位でいうと沖縄県は特に観光に依存した経済構造で有名であり、温泉街を抱える地域なども似たような事情を抱えている。
バブルに踊ったという面はあるものの、かつての北海道拓殖銀行や足利銀行の経営破綻はリゾート・観光業の不振がもたらしたという側面もあった。
金融機関の経営が傾いた場合、当然ながら融資スタンスが慎重化するため、他の業種への融資にも影響が出る。
異次元緩和による低金利が長期にわたっており、金融機関の経営環境は極めて厳しい。国債の金利収入という経営の安全弁が失われているため、収益基盤が安定しておらず、ショックに脆弱である。
インバウンドを取り込もうと設備投資を進めた宿泊業などは、背伸びしたところに足払いされたような状況にあり、融資が不良債権化する可能性が高く、地方経済のリスク要因である。
Go Toトラベルで全ての観光産業や観光関連産業の業況が改善することはないが、今すぐわずかでもショックを和らげる必要があるのだ。
新型コロナの収束はいつになるか分からないため、それを待っていては、ほとんどの宿泊業が倒れかねない。当然、大量の失業者が発生することになる。
そもそも岩手県のようにいまだ感染者ゼロの県もある。
東京の感染者が急増しているからといって全国一律に観光を自粛する必要はないはずだ。足許の業況・売上や直接給付が非現実的なことを考えれば、観光産業が少しでも収益を上げられるように後押しする必要がある。
観光の8割は「隣県・近県、同じエリア」
観光という響きには都会から地方へという先入観を持つが、武井俊輔衆議院議員によれば、「地方都市では、観光は隣県・近県、同じエリアで8割」(7月15日、AbemaPrime)である(筆者もパネル出演・コメント提供した)。
感染対策と両立させる工夫も可能だ。旅館業法上、明確に他県からの宿泊客を拒絶することはできない。それならば、事実上の「差別価格」を利用して、自県ないし感染者の少ない県からの宿泊を優遇するという方法もある。実際、自県からの旅行者を優遇するプランを用意している事業者もある。
コロナ対策はもちろん重要だが、経済が倒れないことにも配慮する必要がある。冷静に経済を回す方策を練る局面だろう。
鈴木卓実(たくみ総合研究所代表、エコノミスト)