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炎上商法はなぜ必ず最後には失敗するのか 幻冬舎・箕輪厚介氏の大炎上事件を行動経済学で読み解く=松本健太郎
「天才編集者」幻冬舎の箕輪さんは何を失敗したのか
つい2カ月ほど前、文春砲を立て続けに2発喰らった幻冬舎の「天才編集者」箕輪厚介さんは、テレビ活動の自粛、ニューズピックスブック編集長の退任を発表しました。
箕輪さんの何が凄かったのか。
それについては、他でもいろいろ語られていますのでここでは触れません。
その代わりに本稿では、箕輪さんが文春砲を喰らってメディアから退場するまでを、マーケティング視点で読み解きたいと思います。
マーケティングの「失敗学」として非常に参考になるからです。
なぜ箕輪さんは大炎上したのか。
「箕輪編集室のライブ配信が流出した」というのは「結果」に過ぎません。
そうした「結果」を生んだ「原因」は何だったかを考える必要があります。
おそらく箕輪さんは自分の実力を過信し過ぎ、周囲の声に耳を傾けないどころか、むしろ自分への嫉妬と勘違いしてしまうほど、認知が歪んでいる状態だったことが原因だと筆者は推察します。
認知心理学や社会心理学では「確証バイアス」と呼びます。
■確証バイアス(confirmation bias)
自分の仮説を支持する情報ばかり集めて、仮説に反する情報を無視する傾向。自分の見方が正しいと思いたいがために、自分の考えを捕捉してくれる情報を求め、書籍や雑誌、WEB情報ばかり目を通す。逆に、違う見方は「自分を否定するもの」として遠ざけてしまう。
5月16日に1発目の文春砲を喰らっても、謝罪コメントを一切も発することなく、メディアに出続けていました。
マーケティング視点ではこれ自体「やってはいけない手」ではなかったかと思います。
箕輪さんが「確証バイアス」に陥っていたことはこの点からも明らかではないでしょうか。
「箕輪応援団」の意見だけを鵜呑みにして世間の評判を気にしなくなっていた
5月19日には「トラップ。」とツイート。
箕輪さんの応援団からは応援、擁護の声が届きました。
気を良くしたのか、箕輪さんは翌20日に例のライブ動画を配信してしまいます。
アメリカの社会学者であるウィリアム・グラハム・サムナーは、この「箕輪応援団」のような存在を「内集団」という概念で説明しました。
こうした集団のメンバーは、所属集団(家族、近隣住民とのコミュニティ、会社、学校など)と自らを同一視し、集団のことを「私たち」と捉えがちです。
日本語でいう「内輪びいき」のようなものだと思ってください。
そうした「内輪」「内集団」が必ず悪いわけではありません。
「社会の常識」と「内集団の常識」がおおむね合致している状態であれば問題はないわけですが、内集団の箕輪さん贔屓があまりにも強くなり過ぎてしまうと、「社会の常識」と「内集団の常識」が矛盾するようになります。
集団内では正しい考え方であっても、世間一般の価値観からみると「異常」に見えてしまうということはよくあることです。
箕輪さんの応援団には、「自分たちは社会と乖離している」という意識がなかったのではないかと思います。
むしろ「社会のほうがおかしい」くらいに思っていたのではないでしょうか。
こうした箕輪さん応援団の反応は、「バックファイア効果」ではないかと思います。
■バックファイア効果(Backfire effect)
信じたくない情報や自説にとって都合が悪いエビデンスに遭遇すると、もともとの信念を変えるよりも当初の信念をより強固に信じる傾向。
バックファイアとは、もともとエンジンで燃焼しきれなかったガスがエンジンの外で爆発する現象を指していますが、転じて「裏目に出る」の意味で使われる英語の慣用表現となっています。
箕輪さんの周囲には、箕輪さんの間違いを指摘してくれるような仲間がいなくなっていたのではないでしょうか。
「炎上商法」はなぜ必ず失敗するのか
普段マーケターとして仕事をしている方は一度自問自答してみてはいかがでしょうか。
自分自身や自分の所属する会社、ブランドと社会の常識は矛盾していないだろうか? と。
「箕輪編集室」という「応援団」と、世間の常識が矛盾してしまっていたのに、以前と同じような強気の態度で対応したことが、事態を悪化させてしまったと思います。
強気な態度で知られる箕輪さんの姿を見て、信者になる人もいればアンチになる人もいたでしょう。
これまでそうした態度でも炎上しなかったのは、箕輪さんへの注目が出版関係者やNewsPicsなどごく一部の集団(内集団)にとどまり、「世間一般」からはそれほど注目されていなかっただけではなかったかと思います。
「天才編集者」と言っても、世間的にはまだあまり認知されていなかったと思います。
箕輪さんの本の著者である堀江貴文さんのほうがよほど世間の知名度が高かったと思われます。
確証バイアスに囚われている箕輪さんは、こうした状況が見えなくなっていたのではないでしょうか。
強気な態度が許されたのは、相手が身内だったからです。
それが文春報道によって、一気に「世間一般」を相手にするようになっていました。
なのに、今までと同じ強気のノリで対応し、暴言を吐いてしまいました。
たとえ内集団に向けた言葉であっても、文春報道によって「世間一般」の注目を浴びているタイミングです。その瞬間の挙動はマスコミを始めとする世間から注目されていました。
箕輪さんはその点に気付けなかったのです。
そりゃ炎上もするし、謝罪せざるを得ないですよね、って感じです。
政治家の失言が炎上する時と同じ構造です。
「まだ東北でよかった」「私はすごく物わかりがいい。すぐ忖度する」「復興以上に大事なのは高橋さんだ」「アルツハイマーの人でも分かる」と内輪で言ってしまうと、その会場では許されたとしても、世間一般からは批判されてしまうのです。
世間から注目を集めた瞬間、「しばらく黙っている」という手段も考えられました。人の噂も75日と言いますが、人は「嫌い」で居続けることが難しい生き物です。
好きの反対は嫌いではなく無関心です。
「嫌い」と思うのも広い意味で「関心を持つ」ことに過ぎません。
関心を持ち続けるにはエネルギーが必要なので、世間の「好き」も「嫌い」も持続せず、いずれは忘れられてしまいます。
ですので、黙っていることでそれ以上の批判を回避できたかもしれないのに、箕輪さんは喋ってしまいました。これは「やってはいけない手」以外の何ものでもありません。
2回目の炎上は、1回目よりも過激になる
「好きの反対は嫌いではなく無関心」と言いました。
いわゆる「炎上商法」が成立するのは、この原則に基づいています。
「炎上商法」によってその商品・コンテンツを一度「嫌い」になったとしても、それは関心を持ったというのと同義です。
1度嫌いになった人を後で好きになるというのは恋愛ドラマでよくある話ですね。
印象はあとから挽回できる。これが炎上商法が成立するもう一つの条件です。
その具体的な方法として、「単純接触効果」が知られています。
■単純接触効果とは(Mere exposure effect)
初めは興味がなかったり、苦手だったりしても、何度も見たり聞いたりしているうちに良い印象に変化する傾向。音楽や衣服、あるいは広告のようなモノだけでなく、対人関係にも当てはまると考えられています。
炎上商法で消費者の関心を集め続けるには、より過激な演出が求められます。
「2回目の炎上は、1回目を上回る必要がある」
これが「炎上商法」のいわば「宿命」です。私は「走り高跳びの法則」と呼んでいます。
2回目は1回目より過激に、3回目は2回目よりさらに過激に、というプレッシャーが、より過激な話題作りに走らせ、最後はきまって大炎上事件が発生してそのブランド自体が終了する、という事例を私たちはこれまで何度も見てきました。
「ファン」>「アンチ」の不等式を維持する
炎上しても、「ファン」>「アンチ」 の不等式が成立している間は問題ありません。
マーケティングの世界では「love more than hate」という言い方で知られている現象です。
この不等号が逆になり、「ファン」<「アンチ」 となると、そのブランドにとっては好ましくない状況となります。
流れは以下のように表現できます。
炎上商法は無関心層の関心を引きつける点では効果的です。
ただ図の通り、炎上商法「最大の弱点」は「必ず一定層のアンチ層を生み出す」点にあります。
そのアンチを上回るファンを獲得できれば、つまり「ファン」>「アンチ」を維持できていれば、マーケティング施策として炎上商法は効果があります。
箕輪さんはもともとアンチが多い人だったと思いますが、それ以上に彼の担当した本を買ってくれるファンもたくさんいたと考えられます。
しかし、箕輪さんの「アンチ」にしろ、「ファン」にしろ、日本人全体から見ればごく一部の層に限られていました。彼の担当作が数十万部売れたとして、数十万人は日本人の人口からみればごく一部に過ぎません。
ですが文春砲によって、普段箕輪さんに関心がなかった「世間一般」が箕輪さんに注目します。
文春の報道内容は箕輪さんのスキャンダルであったので、その「世間一般」の大半は「箕輪さんのアンチ」となりました。
この瞬間、「ファン」>「アンチ」だったのが、「ファン」<<<<<「アンチ」となってしまったのです。
これは、ファンビジネスはアンチ層に嫌われてもかまわないが、世間一般の無関心層から嫌われると一巻の終わり、という興味深い事実を示していると思います。
箕輪さん自信も、彼のファン層も、世間一般から急に叩かれはじめたので正直驚いたのではないでしょうか。しかし「世間の反感を買う」とはそういうことなんです。
ブランドマネージャーはコアなファンを増やしアンチを減らすだけでなく、無関心層に嫌われないよう、三方向に配慮しなければならないのです。
それを踏まえて考えると、炎上商法はいずれ「無関心層とコアなファンの衝突」「アンチ層>コアなファン層」いずれかの未来に至ることが避けられないように思います。
「絶対に買ってくれるコアなファン層を2万人作るために、敵を1万人作ってもかまわない」というのが炎上商法です。
ですが、いずれ破綻することが避けられないのなら、買ってくれるかどうか分からないゆるい認知層を200万人作る方が長期的な戦略としてはよほど正しいとすら思います。
松本健太郎(まつもと・けんたろう)
1984年生まれ。データサイエンティスト。
龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。
2020年7月に新刊『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)を刊行予定。
著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。