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週刊エコノミスト Online ワイドインタビュー問答有用

プロ野球界から転身=山室晋也・清水エスパルス社長/801

「銀行員時代は1万円をもらって10万円のお釣りを返したりして、職業選択を誤ったと思いました」 
「銀行員時代は1万円をもらって10万円のお釣りを返したりして、職業選択を誤ったと思いました」 

 新型コロナウイルスの影響で4カ月もの中断を余儀なくされたJリーグ。プロ野球界から異例の転身でサッカー王国・静岡を代表する清水エスパルスの社長に就いた山室晋也さんは、ピンチをチャンスに変えていくつもりだ。

(聞き手=元川悦子・ライター)(問答有用)

「王国・静岡にふさわしいクラブの土台を築く」

「千葉ロッテの社長時代も5年目で黒字化した。自分でアクションを起こしていく」

── サッカーJ1は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中断を余儀なくされましたが、7月4日からようやく再開されました。

山室 2月23日の第1節後に中断して4カ月以上、再開まで本当にようやくという感じです。再開後の2試合は無観客(新名称「リモートマッチ」)ですが、7月11日以降の第4節からは最大5000人、8月1日以降の第8節からはスタジアム収容規模の50%のお客さんを迎えられる予定です。ただ、我々の本拠地のIAIスタジアム日本平(アイスタ、静岡市清水区)は2万人程度が最大。半分だと1万人を少し切る程度です。

── 試合に来られないサポーターはつらいでしょうね。

山室 サポーターがつらいのはもちろん、我々も売り上げの大幅減を覚悟しなければいけません。エスパルスの2020年1月期決算は、売上高に当たる営業収益が前期比3億円増の42億円、営業利益も前期は赤字だったのが黒字に転換していただけに、コロナ禍の打撃は非常に残念です。最悪の事態を想定し、銀行借り入れなどを進めて、キャッシュフローの手当てだけは済ませています。

── 緊急事態宣言下ではどんな活動を?

山室 クラブ内やJリーグ、スポンサー企業とのオンライン会議などで忙しくしていました。いかにして収益を最大化するかを模索すると同時に、来年・再来年のスポンサー収入減を見越して抜本的な業務改革に着手しました。まだ発表できないのですが、例えば複数あるチームショップの運営を見直して、EC(電子商取引)強化やスタジアム販売に力を注ぐといった策があるでしょう。聖域なく見直しを徹底的に進めていきます。

── コロナ禍の完全終息までは、映像を通してのスポーツ観戦がどうしても増えますね。

山室 そうですね。だからこそ「リアル」の楽しさや価値が相対的に高まっていくのではないかと私は感じています。外出自粛期間に自宅で(動画配信サイトの)ユーチューブやネットフリックスを見た人も「外に出て青空の下でサッカーを見たい」という欲求を強めたことでしょう。ライブ観戦にはお金に代えられない喜びがある。それを再認識する機会になったと思います。

多くを学んだ「外回り」

千葉ロッテマリーンズの新監督に就任する井口資仁さん(右)と握手する球団社長時代の山室晋也さん=2017年10月
千葉ロッテマリーンズの新監督に就任する井口資仁さん(右)と握手する球団社長時代の山室晋也さん=2017年10月

── 千葉ロッテマリーンズの社長を退任後、今年1月にエスパルスの社長となりました。プロ野球界からサッカー界への転身は異例です。

山室 発端は千葉ロッテにいた時、メディア向けの話題提供のため、半分お遊びで話した“FA宣言”です。「どこにでも行きますよ」と言ったらエスパルスの幹部の知り合いから「ウチの次期社長に就任してほしい」という打診が来ました。サッカーだったらやっぱり王国・静岡。今はノスタルジックな印象が強いかもしれないけれど、静岡のサッカー熱はすさまじいものがあります。

── 地域の支援も手厚いです。

山室 開幕戦直前にも静岡市長が一緒になって駅前でビラ配りをしてくれるのを見て「恵まれすぎてるな」と感じる部分もありました。それだけ影響力がある分、クラブとして少し甘えているところがあるのかな。コロナ禍の今は厳しい状況ですが、エスパルスが強豪の地位を取り戻すためにも、入場料収入とスポンサー収入を増やし、強化費に充てられるお金をどんどん増やして、常時J1優勝争いに絡んでいくことが重要なんです。

 1982年に第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行した山室さんは、バブル崩壊や不良債務処理、総会屋事件、相次ぐ合併など揺れ動く時代を肌で感じながら、法人営業の分野で長く活躍。日本橋や渋谷、上野といった基幹店で支店長を歴任し、執行役員や子会社社長まで勤め上げた。30年近い銀行員時代に体得したのは「自らアクションを起こす大切さ」と「聞く技術」。その二つはスポーツ界に身を投じてからも大いに生かされている。

── 銀行員時代は外回りで成果を上げたと。

山室 そこで成果を残さないと居場所がないですから、もう背水の陣ですよ。3年目くらいから法人営業を担当するようになり、自転車でよく外回りをしていました。そこで大事だなと思ったのが、量より質。カッコよく言うと「ソリューション営業」という言葉になるんでしょうが、つまりは顧客ニーズを徹底的に聞き出すことに集中したんです。

── どんなふうに?

山室 経営者の自慢話や困った話を何度もたくさん聞いているうちに、徐々にこちらの話も聞いてもらえるようになる。ピタッとニーズに合う商品がなくても「まあいいか」と話がまとまっていくんです。「信用を売る前に人間を売れ」とよく言われますが、それが一番大事だと強く感じました。

── いろんな経営者との出会いから、どんなことを学びましたか。

山室 成功している創業社長のほとんどが「運がいいだけ」と言うんですが、そんなことは絶対にないんです。彼らは棚からぼた餅が落ちてきたわけじゃなくて、あれこれと動き回った結果、成功しています。見逃し三振している人はヒットを打てないけれど、何度もバットを振っている人はどこかで当たるかもしれない。ダメもとでいいから、積極的にチャレンジすることの大切さを教わりました。

「360度抵抗勢力」

── 部下を持つ立場になってからはどんなマネジメントを?

山室 ありきたりですが、山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」を肝に銘じていました。人は1回の成功ではダメですが、繰り返し成功体験を積むと自信を付け、自分で動けるようになる。そういう癖を付けさせることが肝心だと考えていました。

── 銀行員として会社員人生を終えようとは思わなかったのですか。

山室 13年4月からみずほ銀行子会社の社長になったのですが、いわゆる“上がり”のポストというか、非常に安定した仕事だったんです。でも私はもっとチャレンジしたかった。「給料が下がってもいいし、業績悪化している会社の立て直しでもいいから、どこか別のところはないか」と出向元に打診し、知り合いの財界人にも話しました。そんな時に紹介されたのが千葉ロッテでした。

── 野球には関心は?

山室 実は正直、野球には全く興味がなくて……(笑)。私より適任の人がいると思いましたが、「むしろ野球に興味がない人の方がいい」と。親会社の広告宣伝費に依存する経営体質から脱却したいという意向を聞いて、思い切って飛び込むことにしたんです。球団自体が自ら利益を出す、ブランド力を高めるために強くなる、そして中期的なビジョンを確立する──という三つのミッションを託され、どうしたらいいか悩みました。

── 外部から来たトップは、組織をまとめるのも大変です。

山室 14年に社長に就任し、最初の1年は360度抵抗勢力という状況でした(苦笑)。「野球を全く知らない人が何しに来たの?」って感じで、新たな提言をしても聞く耳を持ってもらえない。そこで、自分たちを取り巻く現実を客観視してもらうことが重要だと思い、米大リーグへ幹部5~6人で視察に行くことにしました。本場のマーケティング担当役員に話を聞き、スポーツビジネスの仕組みを一から説明してもらったのです。

── 球団職員の意識に変化は?

山室 みんなが「日本の野球ビジネスは生ぬるい」と気付き始めました。毎晩ディスカッションを繰り返すようになり、本気度が高まったのは確かです。明治維新の際、欧州視察から帰ってきた岩倉具視や伊藤博文らがさまざまな改革をしたような、まさにそんな感じ。自分の仲間を増やす大きな一歩になり、組織が動き始めました。

── 成功体験を得た事例は?

山室 一例を挙げるとファンサービスですね。チームの成績を重視する社内の生粋の「野球派」は、選手をプレーに集中させたいという思いからか、ビジネスに関わらせたくないという意識が強かったんです。でも、私は「同じ船に乗ってるんだから、会社が沈んだら話にならない。我々がやろうとしていることに協力してほしい」と訴えたところ、選手自体が同調してくれるようになりました。

── 今でこそ、サインや握手だけでなく、SNS(交流サイト)を使ったファンとの交流なども当たり前という意識が定着するようになりましたが、当時はまだまだだったんですね。

山室 選手自身も球団のビジネスに関わることで、自分たちの価値が上がり、知名度も上がり、観客も増えていくという好循環を理解したんでしょうね。社長就任2~3年目あたりから雰囲気がガラッと変わりました。 球団は過去50年間、大赤字を出し続けていたのですが、就任5年目で初めて単体で約4億円の純利益を計上し、黒字化することができました。

 昨年も過去最高の入場者数(166万5891人)を達成し、純利益は約8億円に増加しました。プロスポーツクラブが、親会社に依存せず、完全に自立した経営を実現するという、私の就任以来の夢を実現することができました。職員も成功体験を積み重ねていく好循環に入っているので、これからもどんどん自律的に進化・成長していくと思いますよ。

新スタジアムも視野

 1992年のJリーグ発足10クラブに名を連ねる清水エスパルス。99年にJ1後期優勝(年間2位)、01年には天皇杯優勝を勝ち取ったが、タイトルからは長く遠ざかる。16年にはJ2降格の憂き目も見た(翌年にJ1昇格)。山室さんのミッションは、清水を王国・静岡にふさわしいクラブに押し上げること。長期的には新スタジアム建設も視野に入れつつ、「5年でその土台を築き上げたい」という。

── プロ野球とJリーグの違いは?

山室 サッカーの場合、ロッテで直面した野球派とビジネス派の食い違いのようなものは少ないですね。Jリーグは社会との連携を重視していて、選手教育も盛んですし、ファンサービスにも意欲的です。ただ、個々のクラブのビジネスマインドはプロ野球の方が上かな。Jリーグは放映権やパートナー収入などをリーグが一元管理していて、クラブの裁量権が少ないのも一因と感じます。

── 清水のこれからのあるべき姿は?

山室 中期的には観客動員増が一大目標。今はアイスタを継続的に満員にすることができていません。常に満員になって初めて「もっと試合を見たい」という飢餓感が人々に生まれてきますし、新スタジアムへの機運も高まってくる。アイスタは交通アクセスが良くはないので、もっと立地がよければ、より多くのお客さんに来てもらえるはず。そういう前向きな方向に持っていきたいです。

── 5年を一つの節目と捉えています。

山室 ロッテでも黒字化に5年を要しました。「このまま放っておいても順調にいくだろう」という確信を持てたのもその時期です。最低でも4~5年は社長をやらないと、思うような結果は出ないでしょう。ただ、トップが長く居すぎると弊害も出る。僕みたいな凡人はそこまで長くとどまらない方がいいんです。だからこそ、自分は職員やファンと一緒にチームを作り上げるべき。社長室にこもっていてもスポーツエンターテインメントは動かないので、できる限り自分からアクションを起こしていきます。

── 改めて、今季をどう戦っていきますか。

山室 今季のエスパルスは社長、ゼネラルマネジャー(GM)、監督の3トップが変わり、外国人選手の大幅な入れ替えもありました。ファンは不安と期待が入り交じった状況でしょう。4カ月の中断期間にいい準備ができたと前向きに捉えて、脱皮したエスパルスが躍動する姿をぜひ楽しみにしてもらいたいと思います。


 ●プロフィール●

やまむろ・しんや

 1960年、三重県生まれ。県立桑名高校から立教大学に進み、82年に第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。支店長時代は、16期中15期で表彰を受け、執行役員や子会社社長などを歴任。2013年11月にプロ野球・千葉ロッテマリーンズ球団顧問に就任し、14年から社長に。18年には球団単体での初めての黒字化に成功し、19年11月末で退任。20年1月1日付でサッカーJ1・清水エスパルス運営会社のエスパルス社長に就任。

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