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週刊エコノミスト Online ワイドインタビュー問答有用

「お一人さま」の見守り役=杉山歩・NPO法人りすシステム代表理事/803

「さまざまな人生の話を聞きますが、この仕事をしていなければ一生できないような経験です」 撮影=蘆田 剛
「さまざまな人生の話を聞きますが、この仕事をしていなければ一生できないような経験です」 撮影=蘆田 剛

 時代とともに変わる家族の形。1人で死を迎える人も少なくない。自分らしい最期を希望する人と「生前契約」を交わし、高齢者の生活を見守るのが、杉山歩さんが代表理事を務める組織の役割だ。

(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)(問答有用)

「家族の代わりに最期をみとる仕事です」

「自分の死の準備をする人は少なくないけれど、『終活』は実行してくれる役割が重要」

── 新型コロナウイルスの感染拡大は、多くの人に「死」を身近に意識させました。

杉山 もともと、自分が死ぬことを考えていないわけじゃないけれど、「家族がいなくても何とかなる」と思っている人たちも「新型コロナに感染したらどうしよう」と思い始めています。コメディアンの志村けんさんやタレントの岡江久美子さんが、新型コロナに感染して亡くなってしまったことの衝撃も大きかったですね。

── 自分の死に生前からあらかじめ備えておく「終活」のセミナーで、講師として引っ張りだこと聞きます。

杉山 それが、新型コロナの感染予防のため、介護施設などでの開催が難しくなってしまいました。それでも、りすシステムのホームページを見て、こういう時だからこそ関心を寄せてくれる人が少なからずいます。口コミで知ってくれる人が多いのが最近の特徴ですね。

── どんな終活をしている人が多い印象ですか。

杉山 皆さん、いろいろ自分なりに準備はしているんですよ。葬儀社への生前予約とか、遺言書を書いておくとか、献体を登録したりとか。でも、それって「点」なんです。一つ一つの準備がバラバラ。実は終活は「線」であり、本人が準備したことをきちんと実行する役割が必要です。私たちはちゃんと生前に約束したうえで、困った時に助け合う相互扶助の仕組みとして、その役割を担っています。

「生前契約」で備え

秋田市での「終活セミナー」で講演する杉山さん=2019年9月 杉山歩さん提供 
秋田市での「終活セミナー」で講演する杉山さん=2019年9月 杉山歩さん提供 

「高齢者施設に入りたいけれど保証人がいない」「認知症になって正常な判断ができなくなったらどうしよう」「独居の自分がもし死んでしまったら」──。NPO法人「りすシステム」(東京都)は、人生の終盤で迎えるさまざまな場面で家族が担ってきた役割を生前契約によって引き受け、こうした悩みに幅広く応えている。「りすシステム」とは、「リビング・サポート・サービス・システム」の略だ。 保証人の引き受けなど生きている時に備える契約は「生前事務委任契約」、判断能力をなくした時は「任意後見契約」、死を迎えた時は「死後事務委任契約(遺言)」として、それぞれ公証人役場で法律のプロによる公正証書として作成。弁護士や公認会計士などでつくるNPO法人「日本生前契約等決済機構」が、契約者から受け取る預託金を管理し、りすシステムが契約で定めた事務を適正に執行しているかを監督する仕組みだ。

── 契約者の「老・病・死」をサポートし、家族に代わって最期をみとるのが仕事です。

杉山 もう何人もみとってきました。でも、そういう人がいないと現実に困る人がいるのなら、誰かがやるしかないじゃないですか。携帯電話を枕元に置いて、午前3時半ぐらいに病院から「もうそろそろなので、すぐに来てください」という電話がかかってきて、家族を起こさないように、そーっと出かけたこともありましたし、「もう退院するって暴れて困っているので来てくれませんか」と連絡が来たこともありました。

── どれぐらいの人が利用しているのですか。

杉山 契約者は累計で約6600人、このうち現在存命の人は今年6月末時点で4061人です。契約者の平均年齢は76・8歳で、契約者の7割を占めるのは女性。男性は「オレが死んだらだれかが何とかしてくれるだろう」と思っている人が多い印象ですね。人はいつ、どこでどんな災いに遭遇するか分かりません。どんな時にどんな支援が必要なのかを、あらかじめ決めておくのが「生前契約」なんです。

── 具体的にはどんなことを決めておくのですか。

杉山 葬儀だったら、家族なら「うちのお母さんは花が好きだったから、祭壇は赤い花で飾ってあげたら喜ぶだろうな」ということが分かります。でも、りすシステムはこの人が自分の死後、どういうことを望んでいるのか、まったく分かりません。そこで、自分のやりたいことをちゃんと書いてもらっています。りすシステムでは「意思表示書」と呼んでいて、今のエンディングノートの走りですね。

── 葬儀の希望も人それぞれですよね。

杉山 はい。例えば、霊きゅう車はリンカーンがいいとか、祭壇にキクは使っては嫌だとか、葬儀に誰は呼んでほしいけれど、この人は呼んでほしくないとか。そういうことを予算まで含め全部自分で決めて書いておき、そのためのお金を預かります。そして、実際に亡くなったという連絡があったら、決められた通りにリンカーンでお迎えに行ったりするんです。

── 高齢者の一人暮らしは年々増加傾向で、内閣府「高齢社会白書」(2019年版)によると、15年時点で65歳以上人口のうち男性は13・3%、女性は21・1%が独居。この割合は今後も高まっていく見通しです。

杉山 お一人さまは昔からいましたが、誰かが世話をしてくれるという人は、昔の方が多かったんじゃないでしょうか。隣の奥さんがよく面倒を見てくれるとか、ちょっと電話をすればめいっ子が来てくれるとか。今はそういう人もいないし、頼りたくもないという人が増えています。必ずやってくる死に備えはできている一方、生きている間の方がむしろ手助けが必要なことが多いのが最近の傾向ですね。お節介な人が必要なんです。

「合葬墓」から発展

── 地域社会が崩壊し、人とのコミュニケーションが希薄になっているとも指摘されます。

杉山 隣近所とまったく口をきかない人もいます。また、近所の人の側も、今はなるべく関わらない方がいいという風潮です。私たちが仕事を始めたころは、「あの家に新聞がたまってるよ」なんて通報が近所からあったんですが、今は郵便受けに新聞がたまっていても、誰も関心を持ちません。そもそも新聞も取らなくなっているし、表札もない。そういう時代です。

── 「孤独死」も社会問題になっていますね。

杉山 今40代の人が70歳、80歳になったら、本当に親戚なんかいなくなりますよ。だって一人っ子が多いでしょう。でも、保証人がいないと、病院にもなかなか入院できないのが現実です。入院しようと思ったら、病院から「ご家族と一緒に来てください」と言われ、あぜんとする40代の人が多いんです。夜中に容体が急変したと言われても、駆け付けてくれる親切な友人なんていませんからね。

 りすシステムは1993年、東京・巣鴨の合葬墓「もやいの碑」に入る“墓友”の集まり「もやいの会」の会員から、生前や死後の悩みごとを引き受けてほしいという要望をきっかけに発足。もやいの碑や碑の建つ「すがも平和霊園」、そしてりすシステムも父・松島如戒さん(本名・剛さん、現りすシステム相談役)が始めた事業で、長女の歩さんは専業主婦の傍ら手伝う程度だった。それがいつしか──。

── 事業に本格的に関わるきっかけは?

杉山 父から「ちょっと手伝えよ」と言われ、最初は会報「りす倶楽部」の編集を手伝ったりしていました。本格的に関わり始めたのは、りすシステムの監督機関という位置づけで、日本生前契約等決済機構を00年2月に設立したところから。株式会社として発足したりすシステムも同年11月、NPO法人に組織変更しました。

── 平和霊園は88年にできました。そもそも、如戒さんはなぜ霊園や合葬墓の事業を始めようと?

杉山 いろんな事業をしていた父が、親族から巣鴨に持っていた土地活用の相談を受け、父の恩師で元東洋大学学長の磯村英一さんから「後世に残るものを」と言われたのが平和霊園を作ったきっかけです。戦後、朝鮮半島から引き揚げてきた父が身を寄せた縁で、高野山真言宗の功徳院(大分県)東京別院が運営する形ですが、宗教宗派の違いなどを問わず誰でも利用できます。そして、墓は家のものという意識がまだ強かったころに、これからは先祖代々の墓を守れなくなる時代が来ると考え、みんなで墓を守っていくためのアイデアとして合葬墓を実現しました。

── りすシステムの事業はその後、全国展開していきます。

杉山 東京で細々と事業をやっていたのですが、決済機構を作ったというニュースが流れると、全国から問い合わせが来るようになりました。本当に全国で事業ができるのか不安はありましたが、もう全部受けてやろうという感じで、大阪や名古屋、仙台、広島……と広げていきました。当初は死後サポートから事業を始めたのですが、02年に生前サポートを始めると、反響はものすごかったですね。

── 如戒さんが08年、70歳を機に引退したタイミングで、2代目の代表理事を継ぎました。“世襲”の批判もあったとか。

杉山 父は本当は私じゃなく、第三者を間に入れたかったんです。世襲って評判は良くないし、2代目はうまくいかないのが定説だったりして。ただ、りすシステムは家族に代わるすごく重たい仕事をしていて、こうした組織を束ねられる人は外部になかなかいなかったようです。私もたいそうなことをしているわけじゃなく、代表理事になって何か変わったという意識はなかったですね。

「いつでもどこでも」に

りすシステムが主催する契約者の親睦活動でシイタケのコマ打ちをする参加者=千葉県富津市で2019年5月 杉山歩さん提供
りすシステムが主催する契約者の親睦活動でシイタケのコマ打ちをする参加者=千葉県富津市で2019年5月 杉山歩さん提供

── 契約者の意思が実現できなかったこともある?

杉山 末期がんの女性で遺言書を作りたいと言っていた人がいたんですが、結局間に合いませんでした。明日、遺言書を作るというその晩に亡くなってしまったんです。相続人には1円も残したくなく、寄付したい先があったのですが、相続人が財産をごっそり持っていってしまいました。治る見込みもなかったのに、病状の告知も周囲の妨害で受けられず、悔しかっただろうなと思いますね。

── 逆に、この仕事をやっていてよかったなと思うことは?

杉山 十数年前に私が契約書作成のサポートをした80代の女性のことです。編み物の先生で、「杉山さんに似合いそうだから」とセーターまで作ってくれました。昨年夏に末期の肺がんと分かり、つい先日、最後の転院の時に会いに行くと、「今日は杉山さんに会えて本当によかった」と喜んでくれて。その3日後に亡くなったという連絡をもらい、ものすごく悲しかったけれど、今の仕事をやっていてよかったなと思いますね。

── 人の生死に関わる仕事である以上、信用が最も重要です。

杉山 保証事業や葬祭支援をしていた公益財団法人日本ライフ協会が16年、預託金の流用が発覚して破綻しました。りすシステムでは、契約者から預かる預託金は決済機構が管理し、りすシステムが契約者に実施したサポートの報告とかかった費用の請求を決済機構に対してする仕組みですが、日本ライフ協会のようなことがないよう監督官庁がほしいと思っています。消費者保護の規制を国が作ってくれるかが重要ですね。

── 収益を目的としないNPOです。今後の課題は?

杉山 支部のない地方の県にも少数ですが契約者がいて、現地でかかった費用分しか日当負担をいただいていません。そのため、業務の効率がものすごく悪いんです。そこで、りすシステムは保証人などの法律行為はちゃんとやる一方、代理店のような制度を設けて、全国どこでも各地の拠点からすぐに行けるような体制を作りたいと思っています。いつでもどこでも、誰でも利用できるようにするのがこれからの目標です。


 ●プロフィール●

すぎやま・あゆみ

 1966年生まれ。東京都出身。日本大学文理学部社会学科卒業。93年、生前契約システム立ち上げから、りすシステムの仕事に携わり、会報誌「りす倶楽部」の編集などを行う。2000年2月のNPO法人「日本生前契約等決済機構」の設立や同11月のりすシステムのNPO法人化から本格的に関わるようになり、生前契約のサポートを実施。08年、創立者の父・松島如戒氏から代表理事の職を引き継ぎ、現在に至る。

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