資源・エネルギー LNG
過去最低のLNGスポット価格 長期契約との差に喜べない日本=岩間剛一
今春以降、アジア市場におけるLNG(液化天然ガス)のスポット(随時取引)価格が、過去最低の状況となっている。世界一のLNG輸入大国である日本にとって、LNG価格の低下は本来、電気料金や都市ガス料金の値下げにつながる朗報のはずだが、価格の高い長期契約が主流のためメリットを享受することが難しい。また、多額の投資が必要なLNGプロジェクトにも影響が生じうる。
日本、韓国をはじめとするアジア向けスポットLNGの指標価格であるJKMは、年初には百万BTU(英国熱量単位)当たり5ドル前後だったのが、4月下旬には一時、1・825ドルまで暴落し、過去10年間で最低を更新した(図1)。6月以降は2ドル台で推移しているが、昨秋には7ドル前後だったことを考えても、短期間でかなり急激な価格下落である。この背景にはいくつかの要因が考えられる。
まず、供給面からは、経済成長著しい中国、インドをはじめとした国のLNG需要の増加を見込んで、米国、豪州などで新規のLNG液化プラントが稼働を開始していたことが挙げられる。2019年の新規LNGプロジェクトのFID(最終投資決定)ベースでは年産7100万トンと過去最高を記録し、需要国の欧州諸国やアジア諸国に大量のLNGが流入した。
一方、需要面からは、昨冬が暖かかったことで暖房用天然ガス需要が低迷したことに加え、今年に入って新型コロナウイルスが世界的に感染拡大し、世界各国の経済活動が停滞してLNG需要が減少した。特に、中国、インドで、新型コロナによる国土封鎖や経済活動の停止などにより、LNGの受け入れが止まるというフォース・マジュール(不可抗力条項)が宣言され、スポットLNGの買い手が瞬間的に消失した。
特に、インドはスポットLNGの買い手としての存在感が大きく、インドのLNG輸入停止はLNGスポット市場に大きな衝撃を与えた。LNGの主要産出国である米国やカタールの余剰LNGは行き場を失い、日本や韓国などアジアの買い手を求めて殺到。JKMを大きく押し下げることになった。
世界最大の輸入国
日本は世界のLNG輸入量のうち2割超を占める世界最大の輸入国である(図2)。LNG価格や原油価格の動向は、日本の電気料金や都市ガス料金には3カ月程度遅れて反映されるため、LNG価格ばかりでなく世界的な需給緩和で原油価格も大幅に下落している現状は、本来は日本にとって朗報のはずである。実際、主要都市ガス企業の20年3月期決算では、LNG原料コストの低下が増益要因となった。
しかし、LNGスポット価格の下落を素直に喜べない理由が、日本の電力・ガス企業にはある。日本企業のLNG輸入の8割程度は長期契約であり、原油価格連動の割高な価格体系となっているためだ。20年5月のLNG価格を見ると、スポットLNG価格は百万BTU当たり2ドルなのに対し、原油価格連動LNG価格は9ドルと実に4倍以上もの格差があり、アジアにおけるスポットLNG価格の下落の恩恵を受けられていない。
日本が豪州、中東などから輸入するLNGの大部分は、「長期LNG価格=JCC(日本の原油輸入価格)×係数+α」という価格体系で、原油価格が1バレル=60ドルならLNG価格は百万BTU当たり9ドル程度となる。つまり、日本企業も消費者も、アジアにおけるLNGスポット価格下落の恩恵を大きく受けることができないのだ。
また、日本が近年、輸入を増やしている米国のシェールガスが原料のLNGは、「米国産LNG価格=(ヘンリー・ハブ渡し価格)×1・15+(液化コスト2・5ドル)+(船賃2ドル)」で決められ、米国天然ガス価格が百万BTU当たり2ドルなら、米国産LNG価格は7ドル近くとなる。豪州と米国のどちらから長期契約で購入した場合にも、現在のスポットLNG価格よりもはるかに割高な水準を余儀なくされている。
インドなどは機動的なスポットLNGの輸入が大部分を占めているが、日本の場合にはLNGの安定供給を重視し、長期契約を維持している実情がある。また、売り手の英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルなども、長期のLNG安定供給を保証する代わりに、巨額のLNG液化プラントの建設費用回収を確実なものとするために、適切な価格指標として原油価格連動を主張している。
転売しても「損失」
さらに、日本のLNG企業には、二つの大きな重荷がのしかかっている。第一に、輸入企業にとっては、割高な長期契約LNG価格と転売するスポット市場のLNG価格に現在のような大きな価格差があると、国内の需要低下などで余剰なLNGを抱えても、転売すれば大きな損失が発生してしまうことだ。九州電力は19年9月中間決算時点で、LNG余剰分の転売損失を100億円以上計上している。
豪州産や中東産LNGと異なり、米国産LNGには他への転売を禁止する「仕向け地条項」がなく、受け取ったLNGをより高値で買い取ってくれる買い手に転売することが可能になっている。そのため、東京電力ホールディングス(HD)と中部電力の合弁によるJERAなどは、LNGのディーリングによる新たなビジネスに活路を見いだしていたが、LNGスポット価格の下落はこうしたビジネスモデルにも影を落とす。
第二に、日本企業は天然ガス開発やLNG液化プラントに数多く参画しており、LNGスポット価格の下落が売上高の減少に直結する点だ。19年に商業稼働を開始した米キャメロンLNGプロジェクトには三井物産などが参画するほか、国際石油開発帝石(INPEX)は豪州のイクシスLNGプロジェクトでガス田開発からLNG液化プラントの操業までを手掛けており、LNGの買い手だけでなく売り手の性格も併せ持っている。
長期的には需要増へ
ここ数年で新規に稼働を始めたLNGプロジェクトは、原油価格が1バレル=100ドルだった14年ごろまでに構想されたものが多く、原油価格の多少の下落を考慮したとしても、LNG価格は百万BTU当たり8~10ドル程度が損益分岐点になると考えられる。シェールガスを原料とした米国産のLNGについても、アジアのLNGスポット価格は米国の生ガスの先物価格よりも安く、液化コスト分が赤字となる水準だ。
さらに、長期契約の原油価格連動分のLNG価格も、今年4月に原油価格が1バレル=20ドルを割り込むほど大きく下落したことから、巨額のLNGプロジェクトの減価償却費など固定費も補えなくなる可能性がある。しかし、LNG液化プラントは天然ガスをマイナス162度に冷却する高度な技術を利用しており、プラントの稼働を停止すれば損失も大きくなるため、赤字でもプラント稼働を続けざるをえないジレンマも抱える。
米国のシェールガスを原料としたLNGの輸出は今後も大幅に増加することが予想され、カタールも生産コストの安さを武器に強気のLNG生産能力増強の姿勢を維持している。25年までには年間1億トンを超えるLNG供給力増加が見込まれ、今後もしばらくLNGの需給緩和が続く可能性が高い。こうした見通しを背景に、主要プロジェクトでFID延期など見直しも相次いでいる(表)。
その一方、長期的な視点に立てば、天然ガスは石油や石炭に比べ炭酸ガス排出量が少ない利点があり、40年のLNG需要はアジアを中心に現在から倍増し、年間8億1000万トンに達すると見込まれている(図3)。新型コロナの感染動向にもよるが、中国ではすでに工場の操業再開などによってLNG輸入が増加しており、インドでも本格的に需要回復すれば、スポット価格は百万BTU当たり5ドル程度まで上昇することもありうる。
現在のようなLNGスポット価格が原油価格連動の価格よりも割安な状況は当面続くと考えられる。日本には世界最大のLNG輸入国としてのマーケティング力があり、これを生かして安定的なディーリングによる利益を上げるためには、長期契約とスポット契約の配分を見直すとともに、新規LNGプロジェクト投資を効率化してコスト抑制を図る必要がある。
(岩間剛一・和光大学経済経営学部教授)