テクノロジー 在宅勤務
コロナ下のリモートワークで露呈……なぜオジサンは「出社イコール仕事」だと考えがちなのか
よく武術で用いられる言葉に、「心眼」という言葉がある。心眼とは、心の目によって目に見えない真実を見抜く力のことである。テレワーク(在宅勤務)も同様で、テレワークにより働く姿が見えなくなり、そのことによってかえって真の姿がわかることもある。
「あいつは、夜遅くまで頑張っている」「協調性がある」「マネジメント能力がある」
外国人に通じぬ暗黙知
このような曖昧な評価が、テレワークによりできなくなり、成果物や業績数値により評価せざるを得なくなる。管理職も同様で、マネジメント能力が高い低いなどの抽象的な言葉ではなく、部や課の成果が数字で表れているかが、評価基準となる。
そのためテレワークでは、職務を明確にした上で、勤務時間ではなく、成果で評価することが自然の流れとなる。
ジョブ型(表)を導入するために必要なのは、職務分析である。職務分析とは、職務の内容を明確にすることであり、その上で職務分析の結果をまとめ、業務の内容と責任を明確にする必要がある。職務分析は慣れていないと、非常に手間がかかる。
日本の製造業は生産改善活動を通じて事実上、職務分析を行っていることが多いが、人事面に生かすために職務分析を行った事例はほとんどないと思われる。まして製造業以外では、職務分析の経験は皆無だろう。現状維持のほうが楽であるため、「知らない」「やったことがない」ことに対して、積極的に取り組もうとしない。
日本人同士の職場では、知らず知らずのうちに「暗黙知」で仕事を進めることが多い。言葉はもちろんのこと、国籍も人種も同じで、同じ文化で育っているため、年齢による多少のギャップはあっても暗黙知で仕事を進めることができる。
しかし、ジョブ型になれば、各自の職務を明確にするため、暗黙知で仕事を進めることが難しくなる。新しい仕事をお願いする場合も、部下との交渉が必要になる。このようなプロセスは海外では当たり前だが、慣れていない日本企業にとっては非常に苦痛である。
ジョブ型雇用になれば、各人の職務が明確になる。職務とは単に業務の内容を指すのではなく、義務・権限・結果責任から構成される(『職務分析・職務評価の基礎講座』西村聡〈労働新聞社〉8ページ)。ジョブ型になり職務を明確にすれば、果たすべき結果責任(業績数値など)が明確になる。
年功主義の抵抗
そして、結果責任により、昇格や降格を決めることになる。30代でも部長になることはあり得るし、50代でも役職に就けないこともあり得る。
現在の中高年従業員は、言わば年功主義で会社員人生の大部分を過ごしてきたため、ジョブ型雇用導入については、総論は賛成でも、各論は反対になりやすい。
では、なぜ日本型労務管理の典型のような日立製作所がジョブ型に移行できたのか。それは、ひとえに経営者の危機感によるものであろう。
海外進出をしている日本企業のほとんどの経営幹部は、日本のメンバーシップ型雇用(終身雇用を前提に個々の従業員の業務を細かく定めず幅広い職種を体験させる雇用形態)のままでは、少なくとも世界では戦えないということは、頭では理解している。
高度化する専門知識、高騰する人件費、激しい人材獲得競争……。もはや世界においては、日系企業は賃金が安い企業グループに所属してる場合が多い。しかし、日系企業が賃金を安く設定しているのは、賃金原資が全く足りないからではない。仕組みの違いなのである。
例えば、筆者が活動している中国の例で説明してみる。
ライバルの欧米企業や大手中国企業は、職務に対する市場価値という考えで高い賃金を提示してくる。もちろん、結果が出なければ、何らかの方法で減給や退職させることが前提となる。
日系企業は「学校」
日系企業は、長期雇用を前提にしたメンバーシップ型の考えを海外でも捨てきれないため(現地法人幹部の日本人はメンバーシップ型雇用しか知らない)、ライバルの大手中国企業や欧米企業のような賃金を提示できない。なぜならば、結果が出なくとも減給や退職させることをそもそも考えていないため、どうしても賃金を低く抑え気味になるからである。
現在の中国では、日系企業よりも欧米企業と大手中国企業の方が学生に人気がある。特に優秀な学生は安定した長期雇用よりも、成果を出した場合に高い賃金を約束する企業を選ぶことが圧倒的に多い。良い人材を採用できなければ、国際競争に勝てるはずがない。
また、日系企業は中国では「学校」と揶揄(やゆ)されることがある。つまり、新卒でも積極的に採用し、入社後の教育訓練は充実しているが、その後の賃金水準が十分ではないため、優秀な人材は転職という形で「卒業」していくからだ。
ジョブ型であることは、欧米企業も大手中国企業もほとんど一致している。日本企業だけが、メンバーシップ型では戦いの土俵に乗ることも難しい。
日立の強い危機感
日本本社のジョブ型への移行過程においては、前述したように反対意見や不満が必ず出てくる。特にジョブ型が進めば、降格する中高年幹部社員も出てくることになり、痛みを伴うようになる。
日立の中畑英信執行役専務は「日本流の『メンバーシップ型』とは、どうしても相いれない」と、グローバル企業との競争体験をもとに強い危機感で、ジョブ型への移行を進めている(本誌6月30日号のインタビュー)。これは大げさではなく本音であり、このような強い覚悟で改革を進めたからこそ、日立ではジョブ型への移行が進んだものと思われる。
(向井蘭・杜若経営法律事務所弁護士)
(本誌初出 テレワーク阻む日本型労務管理 「出社」は「仕事」にあらず=向井蘭 20200728)