教養・歴史書評

『日本の道路政策 経済学と政治学からの分析』 評者・井堀利宏

著者 太田和博(専修大学教授) 東京大学出版会 5500円

受益者負担原則の見直し含め道路行政の現状と未来を分析

 本書は日本全体の高速道路、一般道路政策の歴史的推移を、交通経済学、ミクロ経済学、公共選択論の立場で包括的に議論した研究書である。著者は、道路を不可逆的な公共ストックと見なして、政治が公平性の見地からあるべき整備目標を決めた上で、効率的な道路行政が重要だと考える。なかでも、日本の道路政策が2000年代の小泉改革で大きく変貌した経緯を詳細に検証している。

 自動車がぜいたく財であった古い時代に高速道路は通行料金で賄われてきた(受益者負担の原則)が、高速道路ネットワークが整備され、自動車の大衆化が進展するにつれて、全国一律の運営形態で受益と負担の乖離(かいり)が生じてきたため、小泉改革で日本道路公団は民営化された。また、一般道路の財源にはガソリン税などの自動車諸税が目的税(特定財源)として充てられていたが、その硬直的な予算配分の弊害が指摘され、一般財源化された。

 自動車交通が一般化し、道路行政の規模が巨大化した結果、従来の受益者負担原則では道路政策の適切な立案と執行が困難になってきた。それでも、道路は公共財の典型であるから、民営化という市場原理(採算重視)のみでは適切に対応できないし、特定財源を一般財源化して自由度を高めただけで、より公平で効率よい整備が実現するともいえない。まして将来世代は道路整備費用を負担する一方で、現在の道路行政への発言権はない。本書は、道路政策の原点である受益者負担の原則(高速道路での料金徴収と一般道路での目的税)を再評価すべきとの立場であるが、20年の現段階では、受益者負担を復活させたところで道路に関する財源確保や渋滞解消といった諸問題を一気に解決するのは難しい。

 しかし、21世紀後半に自動運転が実現された社会を展望すると、自動運転という個別輸送の優位性が高くなり、1人乗りで渋滞なく通勤・通学できる。混雑した電車が利用されなくなり、都市部の鉄道サービスが衰退する一方で、交通管制や自動車製造を一元化する巨大システム(ハイパーオート会社)が構築されるという。自動運転の実現で、交通情報をつかさどるIT企業と自動車製造企業、いわば地上交通における上下一体の巨大な公益事業体が誕生し、高速道路会社との交渉でも道路の整備や維持管理費用は受益者負担原則で合理的に決定できる。

 数十年先に受益者負担原則が現実的な解として再登場するという指摘は夢物語の面もあるが、興味深い。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 おおた・かずひろ 1960年生まれ。慶応義塾大学助手、東京電機大学専任講師等を経て、専修大学商学部教授。社会資本整備審議会委員を長く務める。著書に『集計の経済学』『交通の産業連関分析』(共著)など。

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