教養・歴史書評

『東アジア労働市場の制度改革とフレキシキュリティ』 評者・服部茂幸

著者 厳成男(立教大学教授) ナカニシヤ出版 3600円

雇用状況の世界的悪化の中 柔軟性+保障の雇用戦略を考察

 東アジア諸国は、その経済システムも発展段階も極めて多様である。この制度的な多様性にもかかわらず、東アジアでは、新自由主義的な労働市場の改革が、雇用と所得を不安定化し、働く人々の将来不安を増幅させるという共通の病理が生じている。さらに、本書ではこうした改革は、ミクロレベルでは生産性の向上を妨げ、マクロレベルでは消費と投資の停滞を引き起こし、輸出主導型成長からの脱却を妨げていると論じる。

 他方、本書が理想とするのは、雇用のフレキシビリティとセキュリティを組み合わせた「フレキシキュリティ」である。例えば、デンマークは、労働者の解雇を容易にした(フレキシブルな労働市場)。しかし、解雇された労働者は寛大な社会保障によって保護される(労働者のセキュリティ)。さらに、積極的労働市場政策により、労働者の技能を高め、失業を減らし、高成長へと結びつけている。

 本書が言うように、長期雇用慣行、年功的処遇、企業内訓練などの日本的雇用慣行は、現在でも正社員の間では残っているだろう。けれども、昔においてもこうした慣行からは除外されてきた非正規社員が、現在、急増している。それにともない労働力の再生産が阻害されている。

「社会主義」の中国でも、経済の改革・開放にともない国営企業で働く労働者は減少している。高成長にともない実質賃金率も急上昇したが、それでも労働分配率は低下している。これと労働者の将来不安があいまって、消費を停滞させたと本書は言う。製造業においても、高熟練労働は1割程度にすぎず、企業の技能形成能力は低いと言う。

 1997年の通貨危機以降、韓国でも新自由主義的な改革が進み、雇用の不安定性が拡大している。しかも、フレキシキュリティを「柔軟安定性」と訳したために、柔軟性と安定性が二律背反的だと理解され、流動的な労働市場の中で、いかに所得とキャリアの中断を回避するかという視点が失われていると言う。

 例えば、従来の日本では、雇用の安定性を前提にして、企業が労働者を教育してきた。すると、雇用の流動化は、生産性の上昇を阻害することが大いに予想される。けれども、他国も含めて雇用の流動化が本当に生産性の上昇を阻害したかについて、十分な実証を本書がしたとは言い難い。それでも、コロナウイルスの蔓延(まんえん)の中で、雇用が急速に悪化している現在、フレキシキュリティの構築は緊急の課題と言えるだろう。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 ゲン・セイナン 1973年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。福島大学、新潟大学の准教授を経て現職。著書に『中国の経済発展と制度変化』、共著書に『転換期のアジア資本主義』など。

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