週刊エコノミスト Online「安倍から菅へ」

安倍政権の最大の矛盾と最大の成果を語ろう=中原伸之(下)

    会談冒頭、握手するロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)と安倍晋三首相=山口県長門市の大谷山荘で2016年12月15日午後6時8分、代表撮影
    会談冒頭、握手するロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)と安倍晋三首相=山口県長門市の大谷山荘で2016年12月15日午後6時8分、代表撮影

    ドイツ並みのミドルパワーを獲得した安倍外交

     安倍政権は何が成功して、何が成功しなかったか。一番成功したのは外交だ。国際社会において一定のプレゼンスと一定の承認を得る、その二つを果たしたと思う。言い換えれば、国際社会で日本はドイツ並みの「ミドルパワー」の地位を確立したと言える。

     ロシアとはうまくやれなかったが、一番大きな問題はアメリカと中国。アメリカについては、トランプと安倍首相の関係で、うまくやってきた。中国についても、いろいろ批判はあるが、どこまで習近平(主席)のことをおもんぱかったかはわからないが、一定の和解的なアプローチをしている。その他の国についても、メルケル(独首相)が言ってくれているように、安倍首相は国際協調的な方向で進めてきたから、一定の役割を果たした。

    北方領土交渉はプーチンの一言で撃沈した

     外交問題で、領土と拉致問題はうまくいかなかった。私が安倍首相から直接聞いたと記憶しているが、プーチン(露大統領)は安倍首相に対し、「およそ国境問題が戦争なしで解決したためしはあるのか?」と言ったそうだ。04年10月に中露国境が再画定されたというのも、1969年3月にダマンスキー(中国・珍宝島)で戦ったから。だから、日露の領土問題もしばらくは無理だ。安倍首相がいつ、それを言われたかは知らないけれど、プーチン大統領からそう言われたから後は黙っているしかなかった。プーチン氏と腹を割って話をできるようになったから、その話が出てきた。

     しかし領土問題以外では、対アメリカ、対ロシア、対中国は一定の成果が上がった。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)はうまくやった。自由貿易体制を守り、発展させることにつなげた。

    菅政権の課題は外交、安倍首相のようにはいかない

     菅(官房長官)氏が暫定内閣になると、問題となるのは外交で、日中関係と日米関係。彼の任期が1年しかないとしても、その間は大事件が起こると思う。安倍首相のようには外交問題をさばけないと思う。

     金融政策については、今の緩和政策を続けられるかということに掛かっている。第3次産業革命が起こるとか、画期的な発明・発見があるとか、メジャーな体制変革が起きない限り、今の経済体制は変わらない。

     その中で、どうやって維持するかということ。(ゼロ金利政策の)出口が見えないというが、出口なんて今のところあり得ない。だけど、経済成長率が年0・5%でもいいから、少なくともプラスであればよしとしなければダメなのではないか。

    日銀の課題はETFの売り時

     日銀は購入した上場投資信託(ETF)を売るべきだと、何年も前から言ってきた。そうしないまま、今回のコロナ禍で株式市場の下支えを日銀がやる事態に陥った。こうなっては取り繕いながら続けるしかない。年金積立金管理運用独立法人(GPIF)の運用の問題があり、そのあおりを食っている。

     今の日本経済はアメリカと似てきた。今のアメリカの株式相場は過熱指標がたくさん出てきていて、米大統領選挙の後は危ない。

    トランプが勝とうと負けようと、米大統領選が株式相場の転換点となる。これはバブル相場であるから。NYダウ平均株価が2万8000~2万9000ドルというのは本来、中期的なターゲット。そこに届いた(9月2日)ということは、この相場は長くてもあと1~2カ月だ。実際に9月3日に800ドル下落した。

     相場が大きく崩れた時に、日銀が巻き込まれて、対応できなければ、日本経済は大変なことになる。すでに金融政策の手はほとんど尽くしており、出来ることは限られているだろう。

     これまで日銀が買ってきた株を企業や個人に引き取ってもらう形で日銀の政策を正常化するしかない。買われた会社も覚悟した方がいい。日銀が株式を買うべきでないと、速水総裁の時代から主張してきたのだが。この問題については菅氏であれ、黒田総裁であれ、大きな解決はなくて、どうやってばんそうこうを貼っていくかということでしょう。

    番頭としては有能だが政策は小ぶり?

    毎日新聞のインタビューに臨む菅義偉官房長官=東京都千代田区の衆院第2議員会館で2020年9月4日、丸山博撮影
    毎日新聞のインタビューに臨む菅義偉官房長官=東京都千代田区の衆院第2議員会館で2020年9月4日、丸山博撮影

     安倍政権7年8カ月を通じて、菅官房長官はよく存じ上げるようになった。このまま菅政権が発足するなら、せっかく雇用が増えているのだから、正規と非正規をなくして、安定的な雇用関係にしてほしい。最低賃金も継続的に上げてほしい。一番大切なのは民生の安定だ。だけど、菅さんは「Gо

    Tоトラベル」や「IR(統合型リゾート)」の旗振りをやっている。番頭としては有能だが、個別政策で小さいところをやってきた。本来はインバウンド(訪日外国人観光客)という大きな旗を掲げて、経済成長を進めるのが政府の大方針なのだから、個別政策は省庁に任せるべきだ。

     菅氏が本当に天下を取るのなら、ブレーンに誰がいるのかという点が問題だ。安倍首相はそれで苦汁をなめてきた。首相秘書官などに頼って、大きなことを掲げながら小ぶりなことをやることで、本丸に切り込まないでやってきた。

     自民党総裁選で菅氏は派閥に担ぎ上げられているが、図らずも安倍1強の実態があらわになった。安倍1強というのは、実態が派閥の連合体でしかなかったということ。その1強の安倍首相がいなくなったら、どうなるんだろうと思う。(談)

    (聞き手・構成=後藤逸郎・フリージャーナリスト)

    =横山三加子撮影
    =横山三加子撮影

    ◇なかはら・のぶゆき

    1934年東京生まれ。57年東京大学経済学部卒、59年米ハーバード大大学院修了後、東亜燃料工業(現ENEOS)入社。86~94年、同社社長。日本銀行政策委員会審議委員、金融庁顧問などを歴任。安倍首相に非常に近く、政策提言などを行ってきた。

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